ジリジリするセネガル戦が終わり、試合結果と同じく興奮と疲労がドローのドローンとした頭で考えた。ビールとカップラーメンを胃に流し込んで無理やり寝るか、あるいは庭に出て朝を待つか。読みかけの本はずらっと並んでいるし、今から飲んだら朝がだるくなるのは明らかなので後者を選択した。



ノリウツギの朝げ

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深夜と早朝の狭間は静寂の闇。スタンドのウイッチを入れ、まだ必要ないのだが戯れに蚊取り線香に着火して、冷蔵庫にあったカラダカルピスを飲みながらスペシャルな時を過ごす(ページはさほど進まずほとんどうたた寝だったが、それがたまらなく心地よし)。やがて白黒の景色に色が入り始めた東雲時に「そうだ、公園へ行こう」と思い立った。軽く汗をかくくらい歩かないと仕事に集中できない気がしたからだ。
思い立ったが吉日なり、善行にためらいは不要なり、過ちては改むるにはばかることなかれとばかりに、素早く身支度を整え日限山公園へと向かった。



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まだ誰も歩いていない道を30分ほど進むと、頭上の地味目な白いふさ花に虫が集っているのを発見。ゲンキングなムシキングたちの朝食バイキングは早い。まあ一応撮っとくか、と、ぼくも地味目な気持ちで
ピントを合わせていたら、背後に人の気配が。

何撮ってんの?

はは、虫ですよ。

その人の出で立ちからベテランバードウォッチャーであることが見て取れたので、虫けらを狙っている者になど興味を持たずに立ち去るであろうと思い、そんなニュアンスで返事をした。

この木、知ってる?

いえ、この木は何の木でしょうね、気になる木ですね。

あははは、これはノリウツギだよ。なかなかこんなに大きく成長しないんだよね。皮から採れる粘液が和紙の糊に使われていたんだって。つまり、ここいらあたりが昔、里山だったってことの生き証人ってわけ。

ほほお、なあるほど。そういえばクヌギも多いし、確かに。

ぼくより十歳以上は年上のバードウォッチャーの、ネイチャーな知識に関心顔となったぼくに、さらに解説は続いた。

今咲いている小さいのが本当の花で、このあと紫陽花と同じ偽花が開き出す。それが枯れてもずうっと残ったままになることから、娘を嫁がせるときに「ノリウツギの花が消えるまで帰ってくるんじゃないよ」と送り出したんだってさ。

あああ、なかなかいい話ですね。そうか、枯れても消えない花なんだ。

うちの娘は嫁いでもいないのに枯れ始めてるよ、ははは。けっこういい女だと思うんだけどなあ、・・・世の中うまくいかないね。
あんた、独身?

ええ、まあ。

何となく、ノリでそう答えていた。

何だ、もしかして訳ありかい。訳ありだよね、みんな。そうかああ独身かあ。俺もカカアが出ってっちまったから独身だ。

おやまあ、それは訳ありですね。

まあいんだ、次のカカアは目星がついてるし。ってか、それで出てっちゃったんだけどね、はは。

早朝の公園にはとても似つかわしくない話題だったが、バードウォッチャーの顔に刻まれた笑い皺がメローさを醸し出していて、品があるというか、ナベサダや三宅一生や高橋一生と同じ種類の笑顔だったの、気分は落ちない。

おやおやそれはまた。命短し恋せよ男、ですね。

しょゆこと。じゃ、お先。

立ち去ってゆく背中はやや丸く、少し寂しそうであり、少し何かに怒っているようでもあったが足取りは少年のように軽やかで、望遠レンズを装着した三脚付きのカメラを担ぐ姿は、おもちゃの剣付き鉄砲を手に、自治会主催の戦争ごっこに赴く老兵役みたいだった。



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多くの人がまだ布団の中にいる時間の公園を歩いている人は、多分だが、みんな訳ありだ。
ここが里山で、小さな田んぼを耕し、野菜を育て、山菜を採り、和紙を漉き、炭を焼いて暮らしていた人たちも、みんな訳ありだったに違いなく、のこ大木となったノリウツギはその物語をじっと見つめてきたんだなあと、少々センチメンタルに、今は消えてしまった人たちの心情を想像しながらまた何枚か撮ってから、老兵とは反対方向に歩き出した。んっ!と背筋を伸ばして、軽やかに。



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もうすっかり寝不足の失点は挽回できた。ただし、まだドローだが。長いいち日の始まり始まりだ。
かつて「絶対に負けられない戦いがそこにある」って、テレ朝だったかな、よく言ってたけど、「そんなこと言ったって負けることもあるでしょ」って突っ込んでいたけど、ぼくのこの試合は絶対に負けられないのだ。

い〜のちい〜みじいかし〜恋せよお〜おのこ〜
熱き血潮の冷えぬ間に
明日の月日はないものを

いのち短し恋せよ男
心の炎消えぬ間に
今日は再び来ぬものを





今日は港南台店にいます。