旅は道連れ、脱藩しての道すがら、たまたま縁あった盗賊の藤兵衛と東海道を江戸へ向かっていた竜馬の眼前に、それまで絵でしか見たことがなかった富士山が現れました。

これが富士か!実に雄大な気持ちになるのお。どうだ藤兵衛、そう思わんか。

いえ別に何とも思いませんがね、見慣れておりますし。ただの三角の山がそんなにいいもんですか。

ああ、何だか日本一の男になりたいような気になってくるがじゃ。

そんなもんですかねえ、それほどのものではないと思うんですけどねえ。

そこじゃそこじゃ。藤兵衛よ、同じものを見ても心が震える者とお前のように何も思わぬ者とがおる。いかに才覚があっても、心が震えぬ者には大事を成すことはできんぜよ。藤兵衛、だからお前は盗賊のままなのだ。

はあ。しかしそう言われましても、富士の山を見て悦に入るあなた様のお気持ちが、あっしにはどうにもわかりかねますが。

これは司馬遼太郎の「竜馬がゆく」に出てくるやりとり(はるか昔に読んだものを思い出して書いたので、原文とは違います)。



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マツムシ響く庭で花の写真を整理しながら、ふと「曼珠沙華を見て何を思うかは人それぞれ。ウキウキする人もあれば涙がこみ上げてくる人もいて、そして多分、ことさら何も思わず通り過ぎる人が多いんだろうなあ」と。それに連なって、庭という場所が持つ価値に気づく人は、現実的には稀有であることを思いました。ああ、ぼくのクローンが1万人いたら、世の中は劇的に幸福方向に進化するんだけどなあ・・・などと、竜馬を語ると話が大きくなります。クローンは無理なので、どうか応援をよろしくお願いいたします。
思えば沈没寸前の二人漕ぎ難破船が横浜に流れ着いた時にはただのひとりも知り合いがいなかったのに、今では顔見知りが増えまして、店に立ち寄ってくださったお客様から「こないだ駅ビルのカルディで生ハムとチーズ買ってたでしょ。ホームパーティーだったの?」とか言われるようになりました。それとですね、仕事の依頼の半分近くが以前やらせていただいたお客様からのご紹介や、「〇〇さんちの庭がとってもステキだったから」という方々でありまして、本当にありがたい状況。
この調子で応援団が1万人に達したら、 Evolution by Revolution も無くはない。



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ぼくとしては世の中の庭を片っ端から、人生を支え豊かに育んでくれる理想郷に変貌させたいと思いつつも三歩進んで二歩下がり、汗かきベソかき行くこともしばしばでありまして、慢性的に歯がゆさを感じているのです。しかし時々こうして庭に竜馬が降りてきては「焦らず騒がずひとつずつ、いつも富士を見上げておればよし」と強張った肩を叩いてくれます。



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本は読んでおくものですねえ。教科書は大嫌いでしたけど、小説や漫画や、その都度面白いと思って夢中になったものが自分の成分になっていることを感じます。他には漫画、映画、音楽、写真や絵画、越後の山を登りまくったこと、たくさんの出会いなどによって感受性と思考回路が出来上がっているなあと。
夜の庭に降りてきては声をかけてくれる竜馬さん、ジョン、アマテラス、幼いぼくに囲炉裏端でトントン昔を語ってくれた近所のおじいさんや懐かしい人たち。これが八百万の神々なんだなあと感謝する日々です。



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いわふちよ、焦らず騒がずひとつずつ、富士を見上げておればよし。