ラブ・ストーリーは突然に、アマテラス降臨も突然に、アアわかっちゃったわかっちゃった、「人はなぜ山の登るのか?そこに山があるからだ」は納得だけど、では、「人はなぜ庭に花を咲かすのか?」の答え。
それはですね、愛ですよ、愛。誰にでもあることですけど、自分のことしか考えられなくなった時は庭どころか、野に咲く花にも意識が向かなくなりますよね。猿人が原人へと進化した頃から、人は誰かのことを思った時に花を見つめ、花を育て、花を贈り、花咲く日々を願うものなのです(われらホモ・サピエンスの喧嘩相手であり最後の同胞であったネアンデルタール人の発掘現場で、埋葬の際に花を供えた痕跡が発見されたそうな。植物を食物ではない祈りの供物と捉えることが、ママ〜、ドゥユリメンバ〜、人間の証明)。



誰を思うかパイナップルセージ。
その歌声は香りとなり、
風に乗ってその人のもとへ。
 

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パラディーゾへ、ニライカナイへ、イーハトーブへ。理想郷を目指して頑張っているあなた、あるいは半ばあきらめかけているあなた、いつかたどり着けるといいですね。
でもよくよく考えると、あなたはすでにそこに行ったことがあります。しかも何度も。そうじゃなかったらイメージできませんから、憧れることも、目的地として設定することもないのです。
そこは夢でも幻想でもなく、行こうと思えばいつでも行ける、とても近い距離にある。もしかしたらその入り口は、あなたが今いるリビングの外側にあるのかもしれません。だから急ぎカーテンを。




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パラディーゾへ、ニライカナイへ、イーハトーブへ。カーテンを開けて暮らしている人にとって、それは歯を磨くとことと同じく当たり前のこと。ところがそうでない人には、一体全体どうやったら開けることができるのか皆目見当がつかないし、そもそもなんでカーテンを開けた方がいいのかもわからない。いや、わかりたくないのかもしれません。歯磨きしなさい!と叱ってくれた人のことが今でも大嫌いなのか、あるいはわざとそうしていることで、やさしかったその人がやって来てくれるのではないかと、無意識領域で甘ったれているのかもしれません。もしもそうなら、やめませんかそんなこと。素直になれないなんて、つまらないだけだから。



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パラディーゾ、ニライカナイ、イーハトーブ、そこにたどり着けない理由を並べ立てることに一生を費やす人の、なんと多いことか。
モネの庭を想像し、ゴーギャンのように出かけて行き、ルノワールのように見つめ、セザンヌのように感じ取り、苦難の時はゴッホとなり、恋したらドガのように思いの丈を描けばいい。そのお絵描きはとても簡単。カーテンを開けるという、たったそれだけのことができるなら、それがごく普通の暮らしなのだと思えるようになれたら、その庭がカンヴァスになります。



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パラディーゾ、ニライカナイ、イーハトーブ、そこはいつも花がいっぱいで、住人たちには「誰かのために」が暗黙のルール。かつてそこにいた時は、もしかしたら、あなたのためにと思ってくれる人の愛情に浸っていただけだったのかもしれません。ぼくらはすっかり大人になり、今度は愛情を注ぐ役回りになりました。



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パラディーゾへ、ニライカナイへ、イーハトーブへ。行き方が分からなくなっちゃった方はポールの歌声を、歌詞を噛みしめながら。






あるいはぼくにご連絡を。

All my loving, I will send to you.