今日9月21日は宮沢賢治の命日なので、オマージュとして、以前このブログに書いた『ジョバンニの庭』をもう一度なぞってみようと思います。
誰にも評価されないまま傍目には不遇であった37年の人生なれど、わりとご本人の心は幸福であったのではないかと。不遇がゆえの幸福は最上級の幸福、という意味も含めてですが。
賢治は森に住む小動物のように、何度も雨に負け、風に負け、暗い洞穴で嵐が去るまで震えて過ごし、安住のイーハトーブへはとうとうたどり着けないままに、最後はよだかとなって舞い上がり、天空の星になりましたとさ。
『ジョバンニの庭』
前編
ではみなさんは、そういうふうに川だと言われたり。乳が流れた跡だと言われたりしていたこの白いものが、本当は何かご存知ですか。
後編
空の穴だよ。
カンパネルラは天の川のひと所を指差しました。ジョバンニはそっちを見てギクッとしてしまいました。そこには大きな真っ暗な穴が口を開けていたのです。
ぼく、もう、あんな大きな闇の中だって怖くない。きっとみんなの本当の幸いを探しに行く。
カンパネルラ、どこまでもどこまでも、ぼくたち、一緒に行こうね。
きっと行くよ。
あ、あそこの野原を見て、なんてきれいなんだろう。みんな集まっているよ「ハルレヤ、ハルレヤ」って。きっとあそこが本当の天上なんだ。ほらほら見て、母さんもいるよ。
ジョバンニはそっちを見ましたが、うすぼんやり白く煙っているだけで、カンパネルラが言ったよに思われませんでした。なんとも言えず不安なようなさびしい気持がして、しばらくそっちをぼんやり見ていましたが、再び決心を言葉にしました。
カンパネルラ、ぼくたち、どこまでも一緒に行こうね。
振り返って見ると、もうそこにはカンパネルラの姿はありませんでした。
カンパネルラ!
ジョバンニは、まるで鉄砲玉のように立ち上がりました。何が起こったのかを悟り、誰にも聞こえないように窓の外へ身を乗り出して、力いっぱい激しく名前を叫びながら、もう喉いっぱいに泣きました。そうしてから一人きりになった黒い別珍の腰掛けにへたり込んで、泣き続けました。
ひっ、くくっ・・・
何を泣いているんだい。
その時そばに、黒い帽子をかぶった車掌がやさしく笑っていました。
わかるよ、友だちがどこかへいなくなったんだろう。あの人はね、遠くへ行ってしまったんだ。だからもういくら泣いたって無駄なんだよ。
でも、ぼく、カンパネルラとどこまでも一緒に行こうって約束したんです。
そうか、誰でもそう考えるだろうけども、でも誰も一緒には行けないんだ。
いいかい、よく聞いて。みんながカンパネルラだ。だからきみはさっき考えたように、あらゆる人の一番の幸いを探し出して、そこへ行きなさい。そこでならカンパネルラと、いつまでも一緒だよ。
ああ、ああ、そうなんだね。なら、ぼくはきっとそうします。
でもそれを見つけるには、あらゆる人の一番の幸いを見つめるにはどうしたらいいんでしょう。
きみはきみの切符をしっかりと持ちなさい。そうして一心に励まなければならない。
たしか庭師になりたいって言ってただろ。きみは、庭が人々を幸せにする場所だって知っているよね。きみはそれを疑わない。何度も何度も見てきたように、本当にそうなんだから。けれども多くの人はそんなふうには思っていなくて、たくさんの庭が未だ息を潜めたままだ。
外にグレシオスの鎖が見えました。
今みんなが、自分の家の庭こそ本当の庭だと言うだろう。こんなもんだよと、これでいいんだよと。けど、もしもきみが懸命に仕事をして、本当の考えと嘘の考えを分けることができたら、そのことを人々に示すことができたら、きみのその庭への思いはもうごく当たり前のことになる。その鎖を解くのは簡単ではないだろう。だがそれをやり遂げることが、きみが持っている、特別なチケットの意味なんだ。
その時、真っ暗な地平線の向こうからサウザンクロスに向かって青白い狼煙が打ち上がり、汽車の中がぱあっと明るくなりました。
あっ、あれは大マゼラン雲だ。なんて美しいんだろう。
さ、切符を持っておいで。この夢の鉄道は、やがて本当の世界の線路につながる。きみはどこまでもその気持ちのままで進むのだよ。
はい。ぼくはきっとぼくのために、お母さんのために、カンパネルラのために、ザネリのためにも、本当の、本当の幸いをさがします。
ジョバンニは唇を少し噛んで、清々しい顔で立ち上がりました。
いつも頭の中に思い描いてきた、胸の内に抱きしめていた、そこにゆけばどんなことも叶うという、しかしまだはるかな先に光っているM78星雲の方角を見つめて。
ぼくは賢治よりも随分と長生きをしています。
宮沢賢治 37歳、太宰治 38歳、芥川龍之介 35歳、石川啄木 26歳、金子みすず 26歳、小林多喜二 29歳、樋口一葉 24歳、中原中也 30歳・・・教科書に出てくる文豪という印象とは裏腹に、実際はなかなか実らぬ未熟さの苦悩の中にあって、それでもひと夏に情熱を燃え上がらせた、陽炎のような生涯でした。
夜の庭にて、時々は悩み多き若者たちが命を賭して時代に残した引っかき傷のかさぶたを、そおっと剥がしてみるのです。
誰にも評価されないまま傍目には不遇であった37年の人生なれど、わりとご本人の心は幸福であったのではないかと。不遇がゆえの幸福は最上級の幸福、という意味も含めてですが。
賢治は森に住む小動物のように、何度も雨に負け、風に負け、暗い洞穴で嵐が去るまで震えて過ごし、安住のイーハトーブへはとうとうたどり着けないままに、最後はよだかとなって舞い上がり、天空の星になりましたとさ。
『ジョバンニの庭』
前編
ではみなさんは、そういうふうに川だと言われたり。乳が流れた跡だと言われたりしていたこの白いものが、本当は何かご存知ですか。
宮沢賢治の物語には頻繁に鳥や小動物が出てきます。
ことに鳥は、70種類以上登場しているそうです。
彼の暮らしぶりや自然への視線が感じられますよね。
ではそういうことが当時の人たちの
スタンダードだったのかといえば、さにあらず。
当時は当時でみなさん暮らしに忙しく、
鳥に興味を持つことなど、世間から称された
木偶の坊に典型的な行為だったわけです。
ぼくはといえば、やはり同じく木偶の坊の類いなのでしょう、
森をてくてく、水辺をてくてく歩いては人心地をつく日々。
どうしたものか、仕事は溜まりっぱなしなのに、
そのてくてくを抜きにしたら設計が進まないという
ポンコツ頭のお粗末。
その最中、バートウォッチングというわけではなく、
なんとなく見つけるとパシャパシャッと撮影しています。
今年出会った野鳥は以下の通りです。
メジロ
ことに鳥は、70種類以上登場しているそうです。
彼の暮らしぶりや自然への視線が感じられますよね。
ではそういうことが当時の人たちの
スタンダードだったのかといえば、さにあらず。
当時は当時でみなさん暮らしに忙しく、
鳥に興味を持つことなど、世間から称された
木偶の坊に典型的な行為だったわけです。
ぼくはといえば、やはり同じく木偶の坊の類いなのでしょう、
森をてくてく、水辺をてくてく歩いては人心地をつく日々。
どうしたものか、仕事は溜まりっぱなしなのに、
そのてくてくを抜きにしたら設計が進まないという
ポンコツ頭のお粗末。
その最中、バートウォッチングというわけではなく、
なんとなく見つけるとパシャパシャッと撮影しています。
今年出会った野鳥は以下の通りです。
メジロ
カンパネルラが手を上げました。それから数名も上げました。ジョバンニも手を上げようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だといつか雑誌で読んだのでしたが、この頃はジョバンニはまるで毎日教室でも眠く、なんだかどんなことも、よくわからないという気持ちがするのでした。
先生は星図を指しました。
このぼんやり白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ですからもしもこの天の川が本当に川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川の底の砂や砂利の粒にあたるわけです。またこれを大きな乳の流れと考えるなら、もっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳の中にまるで細かに浮かんでいる脂油の球にもあたるのです。
そんなら何がその川の水に当たるかといいますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりその中に浮かんでいるのです。つまり私供も天の川の中に棲んでいるわけです。そしてその天の川の水の中から四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集まって見え、従って白くぼんやり見えるのです。
はい、では今日はここまでにして、続きは次の理科の時間にお話しします。今日は銀河のお祭りですから、みなさんは外へ出て、よく空をごらんなさい。
ジョバンニは銀河祭りにはいかず、いつもの植木屋に立ち寄って畑に並ぶ庭木の形を整える手伝いをしました。少しお金がもらえたし、将来は庭をつくる職人になりたかったのです。
作業を終えたジョバンニは走って家へ帰り、具合が悪くて長く寝込んでいるお母さんのために、今度は牛乳屋へとお使いに出かけます。他の子たちがはしゃいで駆け回っているのを横目で見ながら祭りの場所を通り過ぎ、少し汗をかいたので、丘の上の草むらに寝転がって天の川を見上げました。
なぜみんながぼくをからかうんだろうか。遠くの海に漁に出ているお父さんのことを刑務所に入れられているんだと言うし、お父さんが買ってきてくれるって約束したラッコの上着のことも、みんなが囃し立てる。いじめっ子のナゼリなんか、走る時はネズミみたいなくせして、みんなの前ではいつもぼくをばかにする。でもカンパネルラは違う。みんなには何もそういうことを言わないけれど、ぼくをからかったりいじめたりはしない、カンパネルラだけは。
ジョバンニは先生の話を思い出して、こんなことを考えていました。
天の川の星々も、太陽も月もぼくらの星も、真空の中に浮かんでいる。ぼくたち人間は小さな球の上で眠って、起きて、そして働いて、ときどき火星に仲間を欲しがったりする。火星人は小さな球の上で何をしているのかぼくは知らない。でもときどき地球に仲間を欲しがったりする。万有引力とは引き合う孤独の力なんだと思う。宇宙は歪んでいるから、みんなは求め合う。みんな不安だから、ひとりではいたくないんだ。
二十億光年の孤独に、ジョバンニは思わずくしゃみをしました。
お父さんもきっと孤独なんだと思う。お母さんも、カンパネルラも、真空の中で孤独だから孤独なぼくによくしてくれるんだ。きっとそうだ。
遠くの空で汽笛が鳴りました。銀河祭りの空から汽車がみるみる近づいてきて、ジョバンニの前で停車しました。一瞬、家で待っているお母さんのことを思いましたが、とても不思議な引力のような力に引っ張られて乗り込みました。
車内は空いていて、黒い別珍の座席に腰掛けると、同じ車両にカンパネルラの姿を見つけたのです。ジョバンニはほっとして、うれしくなって、二人が夢中で話している間にまた汽笛が鳴り、車掌が吹く笛の音を合図に汽車は銀河に向かって動き出しました。
とても長いような、短いような、時間のことがよくわからない汽車の旅で、不思議な鳥捕りの人や船で遭難した人たちに出会い、いろんな人生と、その終わりのことも知りました。そしてジョバンニは、本当の幸いってなんだろうかとそのことばかりを考えるようになり、この夢の中にいるような出来事を、それを探す旅にしようと決めたのです。
決心をとなりに座っているカンパネルラに打ち明けました。
カンパネルラ、ぼくはみんなの、お父さん、お母さん、友だち、いじめっ子のナゼリ、そしてぼくたち、みんなの本当の幸いを探しに行こうと思う。
それはいいことだね。
よかった、カンパネルラがそう言ってくれるなら勇気が出る。カンパネルラ、ぼくと一緒に白鳥座もさそり座もわし座も越えて、どこまでもどこまでも一緒に行ってくれるかい。
もちろん。
カンパネルラは約束してくれました。
孤独と孤独が引き合って、孤独な星から孤独な真空の空へのこの旅は、いったいどこへと向かうのでしょう。はい、では今日はここまでにして、続きは次の理科の時間にお話しします。今日は銀河のお祭りですからみなさんは外へ出て、よく空をごらんなさい。
厚い雲に蓋をされている夜の庭で、晴れていても横浜では見ることができない天の川の方向を見上げて、二十億光年の孤独に、ぼくは思わずくしゃみをした。
あ、遠くの空で汽笛が鳴ったような。
先生は星図を指しました。
このぼんやり白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ですからもしもこの天の川が本当に川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川の底の砂や砂利の粒にあたるわけです。またこれを大きな乳の流れと考えるなら、もっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳の中にまるで細かに浮かんでいる脂油の球にもあたるのです。
そんなら何がその川の水に当たるかといいますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりその中に浮かんでいるのです。つまり私供も天の川の中に棲んでいるわけです。そしてその天の川の水の中から四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集まって見え、従って白くぼんやり見えるのです。
はい、では今日はここまでにして、続きは次の理科の時間にお話しします。今日は銀河のお祭りですから、みなさんは外へ出て、よく空をごらんなさい。
ジョバンニは銀河祭りにはいかず、いつもの植木屋に立ち寄って畑に並ぶ庭木の形を整える手伝いをしました。少しお金がもらえたし、将来は庭をつくる職人になりたかったのです。
作業を終えたジョバンニは走って家へ帰り、具合が悪くて長く寝込んでいるお母さんのために、今度は牛乳屋へとお使いに出かけます。他の子たちがはしゃいで駆け回っているのを横目で見ながら祭りの場所を通り過ぎ、少し汗をかいたので、丘の上の草むらに寝転がって天の川を見上げました。
なぜみんながぼくをからかうんだろうか。遠くの海に漁に出ているお父さんのことを刑務所に入れられているんだと言うし、お父さんが買ってきてくれるって約束したラッコの上着のことも、みんなが囃し立てる。いじめっ子のナゼリなんか、走る時はネズミみたいなくせして、みんなの前ではいつもぼくをばかにする。でもカンパネルラは違う。みんなには何もそういうことを言わないけれど、ぼくをからかったりいじめたりはしない、カンパネルラだけは。
ジョバンニは先生の話を思い出して、こんなことを考えていました。
天の川の星々も、太陽も月もぼくらの星も、真空の中に浮かんでいる。ぼくたち人間は小さな球の上で眠って、起きて、そして働いて、ときどき火星に仲間を欲しがったりする。火星人は小さな球の上で何をしているのかぼくは知らない。でもときどき地球に仲間を欲しがったりする。万有引力とは引き合う孤独の力なんだと思う。宇宙は歪んでいるから、みんなは求め合う。みんな不安だから、ひとりではいたくないんだ。
二十億光年の孤独に、ジョバンニは思わずくしゃみをしました。
お父さんもきっと孤独なんだと思う。お母さんも、カンパネルラも、真空の中で孤独だから孤独なぼくによくしてくれるんだ。きっとそうだ。
遠くの空で汽笛が鳴りました。銀河祭りの空から汽車がみるみる近づいてきて、ジョバンニの前で停車しました。一瞬、家で待っているお母さんのことを思いましたが、とても不思議な引力のような力に引っ張られて乗り込みました。
車内は空いていて、黒い別珍の座席に腰掛けると、同じ車両にカンパネルラの姿を見つけたのです。ジョバンニはほっとして、うれしくなって、二人が夢中で話している間にまた汽笛が鳴り、車掌が吹く笛の音を合図に汽車は銀河に向かって動き出しました。
とても長いような、短いような、時間のことがよくわからない汽車の旅で、不思議な鳥捕りの人や船で遭難した人たちに出会い、いろんな人生と、その終わりのことも知りました。そしてジョバンニは、本当の幸いってなんだろうかとそのことばかりを考えるようになり、この夢の中にいるような出来事を、それを探す旅にしようと決めたのです。
決心をとなりに座っているカンパネルラに打ち明けました。
カンパネルラ、ぼくはみんなの、お父さん、お母さん、友だち、いじめっ子のナゼリ、そしてぼくたち、みんなの本当の幸いを探しに行こうと思う。
それはいいことだね。
よかった、カンパネルラがそう言ってくれるなら勇気が出る。カンパネルラ、ぼくと一緒に白鳥座もさそり座もわし座も越えて、どこまでもどこまでも一緒に行ってくれるかい。
もちろん。
カンパネルラは約束してくれました。
孤独と孤独が引き合って、孤独な星から孤独な真空の空へのこの旅は、いったいどこへと向かうのでしょう。はい、では今日はここまでにして、続きは次の理科の時間にお話しします。今日は銀河のお祭りですからみなさんは外へ出て、よく空をごらんなさい。
厚い雲に蓋をされている夜の庭で、晴れていても横浜では見ることができない天の川の方向を見上げて、二十億光年の孤独に、ぼくは思わずくしゃみをした。
あ、遠くの空で汽笛が鳴ったような。
後編
空の穴だよ。
カンパネルラは天の川のひと所を指差しました。ジョバンニはそっちを見てギクッとしてしまいました。そこには大きな真っ暗な穴が口を開けていたのです。
ぼく、もう、あんな大きな闇の中だって怖くない。きっとみんなの本当の幸いを探しに行く。
カンパネルラ、どこまでもどこまでも、ぼくたち、一緒に行こうね。
きっと行くよ。
あ、あそこの野原を見て、なんてきれいなんだろう。みんな集まっているよ「ハルレヤ、ハルレヤ」って。きっとあそこが本当の天上なんだ。ほらほら見て、母さんもいるよ。
ジョバンニはそっちを見ましたが、うすぼんやり白く煙っているだけで、カンパネルラが言ったよに思われませんでした。なんとも言えず不安なようなさびしい気持がして、しばらくそっちをぼんやり見ていましたが、再び決心を言葉にしました。
カンパネルラ、ぼくたち、どこまでも一緒に行こうね。
振り返って見ると、もうそこにはカンパネルラの姿はありませんでした。
カンパネルラ!
ジョバンニは、まるで鉄砲玉のように立ち上がりました。何が起こったのかを悟り、誰にも聞こえないように窓の外へ身を乗り出して、力いっぱい激しく名前を叫びながら、もう喉いっぱいに泣きました。そうしてから一人きりになった黒い別珍の腰掛けにへたり込んで、泣き続けました。
ひっ、くくっ・・・
何を泣いているんだい。
その時そばに、黒い帽子をかぶった車掌がやさしく笑っていました。
わかるよ、友だちがどこかへいなくなったんだろう。あの人はね、遠くへ行ってしまったんだ。だからもういくら泣いたって無駄なんだよ。
でも、ぼく、カンパネルラとどこまでも一緒に行こうって約束したんです。
そうか、誰でもそう考えるだろうけども、でも誰も一緒には行けないんだ。
いいかい、よく聞いて。みんながカンパネルラだ。だからきみはさっき考えたように、あらゆる人の一番の幸いを探し出して、そこへ行きなさい。そこでならカンパネルラと、いつまでも一緒だよ。
ああ、ああ、そうなんだね。なら、ぼくはきっとそうします。
でもそれを見つけるには、あらゆる人の一番の幸いを見つめるにはどうしたらいいんでしょう。
きみはきみの切符をしっかりと持ちなさい。そうして一心に励まなければならない。
たしか庭師になりたいって言ってただろ。きみは、庭が人々を幸せにする場所だって知っているよね。きみはそれを疑わない。何度も何度も見てきたように、本当にそうなんだから。けれども多くの人はそんなふうには思っていなくて、たくさんの庭が未だ息を潜めたままだ。
外にグレシオスの鎖が見えました。
今みんなが、自分の家の庭こそ本当の庭だと言うだろう。こんなもんだよと、これでいいんだよと。けど、もしもきみが懸命に仕事をして、本当の考えと嘘の考えを分けることができたら、そのことを人々に示すことができたら、きみのその庭への思いはもうごく当たり前のことになる。その鎖を解くのは簡単ではないだろう。だがそれをやり遂げることが、きみが持っている、特別なチケットの意味なんだ。
その時、真っ暗な地平線の向こうからサウザンクロスに向かって青白い狼煙が打ち上がり、汽車の中がぱあっと明るくなりました。
あっ、あれは大マゼラン雲だ。なんて美しいんだろう。
さ、切符を持っておいで。この夢の鉄道は、やがて本当の世界の線路につながる。きみはどこまでもその気持ちのままで進むのだよ。
はい。ぼくはきっとぼくのために、お母さんのために、カンパネルラのために、ザネリのためにも、本当の、本当の幸いをさがします。
ジョバンニは唇を少し噛んで、清々しい顔で立ち上がりました。
いつも頭の中に思い描いてきた、胸の内に抱きしめていた、そこにゆけばどんなことも叶うという、しかしまだはるかな先に光っているM78星雲の方角を見つめて。
ぼくは賢治よりも随分と長生きをしています。
宮沢賢治 37歳、太宰治 38歳、芥川龍之介 35歳、石川啄木 26歳、金子みすず 26歳、小林多喜二 29歳、樋口一葉 24歳、中原中也 30歳・・・教科書に出てくる文豪という印象とは裏腹に、実際はなかなか実らぬ未熟さの苦悩の中にあって、それでもひと夏に情熱を燃え上がらせた、陽炎のような生涯でした。
夜の庭にて、時々は悩み多き若者たちが命を賭して時代に残した引っかき傷のかさぶたを、そおっと剥がしてみるのです。