非常事態なゴールデンウィークも今日でおしまい。ここでふと浮かんだ中学生の頃に熟読した本、一休さんで有名な京都大徳寺大仙院の名物和尚、尾関宗園著『平常心』の最終頁の一文。

空にうろこ雲が浮かんでいる。また、秋がやってきた。人間の思惑をよそに、四季は堂々とめぐっている。その自然とわれとは一体だ!そう確信できた時の人間が一番強い。「平常心」そのものだからである。



ルビー・ロンサールは摘花が必要。
昨シーズンに学んだことを実行しました。


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美しく咲かせるためとはいえ、
もったいないような、かわいそうな気分になる作業です。



中学一年の夏、中二病発症の前に腎臓病になりまして、医師から一年間の運動禁止を言い渡されました。体育の授業は体育座りで見学し、部活は卓球部から美術部へと転部。そこで出会った顧問の先生がなんだかとても気にかけてくれて、ある日「いわふち、これ読んどけ」と手渡されたのがこの本でした。
ページを開いてから読み終えて顔を上げるまでの一時間ほどの間に、地球の様子が一変したことを覚えています。慢性的な微熱と腹痛で、半分死んでいるような日々だった自分の中心に、とてつもないパワーが注入されたようで。立て続けに繰り返し読み、さらに写経方式で一冊を丸暗記したのでした。
その後は狂ったように絵を描き、美術書をこれまた狂ったように読み漁り、医者から止められていた運動も、夜中に家を抜け出して密かなジョギングを続けていたら病気は半年で全快となり、禁じられていた反動でむやみに動き回りたくなって越後の山を片っ端から制覇。イマジネーションを思い描き、山を歩きまわり、読を読むという今のぼくの原型となる金型は、多感な時期に遭遇した病によってできたんだなあと思うと、これはなかなかしゃれたシナリオではないですか、神様仏様、あるいはアマテラスよ。
どんなことにも理由がある。病も苦悩も、なんで俺だけこんな思いを・・・ということであっても、それは次の世界を輝かせるための摘花なのだ。




アイスバーグは何輪か開いて、つぼみもたくさん控えています。

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平常心なんて言うと、坐禅して、瞑想して、無の境地みたいなふうに捉えられがちなれどさにあらず、前文で分かる通り、自然と歩調が合っている状態なり。その自然は一瞬たりとも平常などということはなく変化し続けているため、いつもその変化を感じ取りながら暮らすことが大事なのですよ、という教えなのでしょう。早朝、庭に出て、陽が射していれば半袖を着、雨が降りそうなら傘を携え、コロナが舞っているならマスクを装着して出かける。何も特別なことではない。特別なことはそこから先の今日という時間に待ち構えているのです。毎日がスペシャル、毎日がスペシャル、Everyday is a special day 。



わが家のスペシャル、ピエール・ド・ロンサール、
昨年はうまく咲かずにがっかりしつつも、
オフシーズンにたっぷり肥料を入れておいたので
新芽が次々と。


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今年は期待して良さそうです。



ことにこの季節は目覚めるたびにバラの花数が増してゆく、うれしいうれしいゴールデンマンスの始まり始まり〜。 


懐かしい曲を、懐かしきかなリタ・クーリッジの歌声で。