いったいどのくらいの人が、庭に感動するという経験をお持ちでしょう。



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きっと、ここのところ日々目にしてきたグラフの数値を、はるかに下まわるのではないかと思うのです。 



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その理由は、世の中に『感動を生む庭』があまりに少ないから。



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ぼくは仕事なので、そういう庭に出会う機会は多いわけで、それでも感動という領域までとなれば年に数回程度、世に数多存在する庭に比すれば、その存在は奇跡的と呼べるほど少ないわけです。



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では、人は庭の何に感動するのでしょう。仕立ての美しさ?花数の多さ?いやいやそこじゃないんですよ。龍安寺の石庭や重森三玲クラスなら構成と、歴史も込みで感動するかもしれないし、山下公園の溢れんばかりのバラの数になら感動するかもしれないけど、それさえも「かもしれない」というレベルのこと。



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この後藤さんちの庭や、ぼくが知る感動的な庭は根本的に違う性質、存在理由を持っている。それは観光庭園ではなく暮らしの庭だということです。



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つまり庭に感動するとは、そこにある暮らしに感動するということなんじゃないかなあと思う次第。



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ああ、この庭の住人のような心持ちで暮らしたいものだと、そう思わせてくれる庭に出会い続けたいし、そういう庭を思い描き続けていきたいと、毎年ここを訪れる度に、バラの香りと同じくフレッシュにして濃厚な、炎のような決心が得られます。







その4へ続く。