庭をつくる人

夜の熟睡は朝の庭から始まる

たとえ散々な日であっても。昨日みたいに暑さでヘロヘロに疲労したとしても、よしんば夢も希望も「あれえおっかしいなあ、確かに持っていた気がするけどどこ行っちゃったんだろう。ああ見当たらない見当たらない。右のポッケは空っぽで、左のポッケにゃチューインガムしか入ってないし、そもそも本当に持っていたんだろうか。ただの気の迷いとか、気の違いとか、まぼろしー、だったんじゃなかろうか」などと思えても、なかんずく帰宅し庭に出てみたが無風で昼間以上の湿った熱気にどっぷり浸りこんだような夜であっても、今日の日はさようなら、また会う日まで、会えるときまで、別れのその訳は話したくない。いちいち話さなくたっていいんじゃないかなあ、数時間後にはほぼ確実に陽はまた昇るんだから。明日があるさ明日がある、明日という字は明るい日と書くのです。

 
 
 
森の小さな食堂。
朝食は6時からとなっております。

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いやあ何千回も思ってきたことなんですけどね、寝て起きると元気ハツラツ!オロナミンC、ファイト一発!リポビタンDになっている。メラトニンの効果は絶大です。
その偉大なる睡眠&体内修復ホルモンのメラトニンは、幸福ホルモンと呼ばれるセロトニンと連動しているとのこと。セロトニンは朝日を浴びて体内時計のズレがリセットされることでスイッチが入り、その分泌から14時間後にメラトニンが出始めるというシステム。故に朝の庭習慣が熟睡のカギであり、寝ている間に脳内を整理整頓取捨選択してやる気スイッチ入りまくりの朝を迎えるコツなのであります。




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できれば太陽と同調するのが理想なので、庭で日の出を待つために、起床は冬は6時、夏は4時。で、7時間睡眠が医学的にベストだそうですから、就寝は、冬は11時で夏は9時。えっ9時に寝るんですか!などと驚いてはいけません。のどかな土地で暮らしている人たちは、当たり前に9時には蚊帳に入って寝息を立てていますから。毎晩夏祭りみたいに明るい環境に暮らす都会のネズミは昼夜逆転しちゃって、一周回って夜更かしなのか早起きなのかわけわかんなくなっちゃって、それじゃあおかしくなりますって。




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かく言うぼくはと申しますと、毎夜毎夜、規定の時間には白川夜船をローエンドロー。
早寝早起きを心がけ、セロトニンとメラトニンを意識しながら、スタートがやたらに早かった長い夏を乗り切りましょう。そうは言ってもこう暑くっちゃあ眠れない、とおっしゃるあなた、無理やり寝ようとせずに、本とパソコン持ち出して、そうですねえこの時期なら、キンキンに冷やした辛口白ワインにカルピスを小さじ2杯とスライスレモンを添えたカクテルを用意して、庭の静寂と夜風をお楽しみあれ。千夜一夜物語24話「智恵の花園と粋の庭」に登場する愛の審判者アル・ラシードによる託宣だったか、眠れない夜と雨の日には忘れかけてた愛がよみがえると申しますので。




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ただし、寝不足であろうと早起きは絶対に。早朝のセロトニン噴出が、その日の活力と熟睡をもたらします。





今日は港南台店にいます。






親父が来たりて口笛を吹く

いえね、おじさんの歩き口笛の件なんですけどね、どう思います? ぼくはこれまで一度もいいなあって聞き入ったことがないんですよね。



チャリーセージは上機嫌に口笛を吹いている。
いつも夫婦揃って。

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ホームセンターの外売り場にある港南台店にいると店の外には絶えずお客様が歩いていまして、そうですねえ、三日に一度くらいでしょうか、何ともうら淋しいと言いますか、普段覆い隠している気持ちに触ってくる口笛の音が。その演奏者はいつも中年以降の男性でありまして、必ず音程がいいかげんで何の曲なのか判別がつかないメロディーでありまして、どうしても気になっちゃって設計の手が止まってしまうのでございます。



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おじさんの歩き口笛って、いったいどんな心理状態なのでしょう。想像するに寂しいのか、虚しいのか、何かをあきらめて空いた心の穴に吹き込む風の音なのか、何れにしても楽しくて吹いているようには聞こえなくて。あれは無意識レベルの何かのアピールなんでしょうかねえ。



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たまに子供が吹いている口笛を、親が「お行儀が悪いわよ」とたしなめているのを目にします。ああ悲しきかな、おじさんになると誰もたしなめてはくれないんですよね。口笛だけじゃなく、加齢臭と区別がつかない昭和な整髪料の匂いとか、加齢臭と思われがちな蚊取り線香や膏薬の香りとか、正真正銘の加齢臭とか、美しいとは言い難い髭とか、異様に若づくりな格好とか、異常に古風なロン毛とか、油断が堆積したお腹、あきらめに丸まった背中、意識とかい離した不機嫌顔、ご婦人への傲慢な物言い・・・。
このようにおじさんのことが気になって仕方ないのは、とりもなおさず自分がおじさん真っ只中だからでありまして、自戒であり、自責であり、ああ、ああ、悲しき口笛を吹きたくなるのです。



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そんな日々の中、一昨日とてもうれしいことがありまして、たまたまライブのボックス席でご一緒したクリスタルケイのおばあちゃま(ママさん)から「いわふちさんはまるで恵比寿様みたいな方ね」と。レジェンドからのお言葉に光栄の至りでますます恵比須顔になったぼくでしたが、女房はすかさず「いえいえ、家ではそんなことないんですよ」と、あれは明らかに謙遜ではなく世の中に真実を訴える響きがありました。いいじゃないですかねえ、せっかくお褒めいただいたんだからいい気になっちゃえば。
恵比寿様・・・・、ママさん、そのお言葉を宝物にしておじさん期をにこやかに進みます。おお、そういえば実家の神棚に祀られているのは恵比寿様でした。こりゃあますます恵比須顔でまいらねば。



ご同輩、諸先輩方、口笛吹くならこのくらいのクオリティーで。
渋い顔して、哀愁で勝負できる自信がおありなら、ですが。

 





今日は金沢文庫店にいます。




 

ジョバンニの庭 後編

空の穴だよ。

カンパネルラは天の川のひと所を指差しました。ジョバンニはそっちを見てギクッとしてしまいました。そこには大きな真っ暗な穴が口を開けていたのです。



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ぼく、もう、あんな大きな闇の中だって怖くない。きっとみんなの本当の幸いを探しに行く。
カンパネルラ、どこまでもどこまでも、ぼくたち、一緒に行こうね。

きっと行くよ。
あ、あそこの野原を見て、なんてきれいなんだろう。みんな集まっているよ「ハルレヤ、ハルレヤ」って。きっとあそこが本当の天上なんだ。ほらほら見て、お母さんもいるよ。

ジョバンニはそっちを見ましたが、うすぼんやり白く煙っているだけで、カンパネルラが言ったよに思われませんでした。なんとも言えず不安なようなさびしい気持がして、しばらくそっちをぼんやり見ていましたが、再び決心を言葉にしました。



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カンパネルラ、ぼくたち、どこまでも一緒に行こうね。

振り返って見ると、もうそこにはカンパネルラの姿はありませんでした。

カンパネルラ!

ジョバンニは、まるで鉄砲玉のように立ち上がりました。何が起こったのかを悟り、誰にも聞こえないように窓の外へ身を乗り出して、力いっぱい激しく名前を叫びながら、もう喉いっぱいに泣きました。そうしてから一人きりになった黒い別珍の腰掛けにへたり込んで、泣き続けました。

ひっ、くくっ・・・



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何を泣いているんだい。

その時そばに、黒い帽子をかぶった車掌がやさしく笑っていました。

わかるよ、友だちがどこかへいなくなったんだろう。あの人はね、遠くへ行ってしまったんだ。だからもういくら泣いたって無駄なんだよ。

でも、ぼく、カンパネルラとどこまでも一緒に行こうって約束したんです。

そうか、誰でもそう考えるだろうけども、でも誰も一緒には行けないんだ。
いいかい、よく聞いて。みんながカンパネルラだ。だからきみはさっき考えたように、あらゆる人の一番の幸いを探し出して、そこへ行きなさい。そこでならカンパネルラと、いつまでも一緒だよ。




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ああ、ああ、そうなんだね。なら、ぼくはきっとそうします。
でもそれを見つけるには、あらゆる人の一番の幸いを見つめるにはどうしたらいいんでしょう。


きみはきみの切符をしっかりと持ちなさい。そうして一心に励まなければならない。
たしか庭師になりたいって言ってただろ。きみは、庭が人々を幸せにする場所だって知っているよね。きみはそれを疑わない。何度も何度も見てきたように、本当にそうなんだから。けれども多くの人はそんなふうには思っていなくて、たくさんの庭が未だ息を潜めたままだ。

外にグレシオスの鎖が見えました。

今みんなが、自分の家の庭こそ本当の庭だと言うだろう。こんなもんだよと、これでいいんだよと。けど、もしもきみが懸命に仕事をして、本当の考えと嘘の考えを分けることができたら、そのことを人々に示すことができたら、きみのその庭への思いはもうごく当たり前のことになる。その鎖を解くのは簡単ではないだろう。だがそれをやり遂げることが、きみが持っている、特別なチケットの意味なんだ。



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その時、真っ暗な地平線の向こうからサウザンクロスに向かって青白い狼煙が打ち上がり、汽車の中がぱあっと明るくなりました。

あっ、あれは大マゼラン雲だ。なんて美しいんだろう。

さ、切符を持っておいで。この夢の鉄道は、やがて本当の世界の線路につながる。きみはどこまでもその気持ちのままで進むのだよ。

はい。ぼくはきっとぼくのために、お母さんのために、カンパネルラのために、ザネリのためにも、本当の、本当の幸いをさがします。



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ジョバンニは唇を少し噛んで、清々しい顔で立ち上がりました。
いつも頭の中に思い描いてきた、胸の内に抱きしめていた、そこにゆけばどんなことも叶うという、しかしまだはるかな先に光っている、M78星雲の方角を見つめて。





今日は港南台店にいます。




 

ジョバンニの庭 前編

ではみなさんは、そういうふうに川だと言われたり。乳が流れた跡だと言われたりしていたこの白いものが、本当は何かご存知ですか。



宮沢賢治の物語には頻繁に鳥や小動物が出てきます。
ことに鳥は、70種類以上登場しているそうです。
賢治の暮らしぶりや、自然への視線が感じられますよね。
ではそういうことが当時の人たちの
スタンダードだったのかといえば、さにあらず。
鳥に興味を持つことなど、彼が世間から称された
木偶の坊に典型的な行為だったわけです。
 今はどうでしょう。
あまり変わっていないかもしれません。
みんさん忙しくて、鳥どころではないですから。
どうでしょう、パソコンとかお掃除ロボットとか、
いろんなことが便利になったことに比例して
忙しさは増したような気がするのですが。
ぼくはといえば、生来の木偶の坊気質捨てがたく・・・
今年出会った野鳥を並べてみます。

メジロ

メジロ



カンパネルラが手を上げました。それから数名も上げました。ジョバンニも手を上げようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だといつか雑誌で読んだのでしたが、この頃はジョバンニはまるで毎日教室でも眠く、なんだかどんなことも、よくわからないという気持ちがするのでした。



カルガモ

カルガモ



先生は星図を指しました。

このぼんやり白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ですからもしもこの天の川が本当に川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川の底の砂や砂利の粒にあたるわけです。またこれを大きな乳の流れと考えるなら、もっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳の中にまるで細かに浮かんでいる脂油の球にもあたるのです。
そんなら何がその川の水に当たるかといいますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりその中に浮かんでいるのです。つまり私供も天の川の中に棲んでいるわけです。そしてその天の川の水の中から四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集まって見え、従って白くぼんやり見えるのです。
はい、では今日はここまでにして、続きは次の理科の時間にお話しします。今日は銀河のお祭りですから、みなさんは外へ出て、よく空をごらんなさい。



キジバト

キジバト



ジョバンニは銀河祭りにはいかず、いつもの植木屋に立ち寄って畑に並ぶ庭木の形を整える手伝いをしました。少しお金がもらえたし、将来は庭をつくる職人になりたかったのです。
作業を終えたジョバンニは走って家へ帰り、具合が悪くて長く寝込んでいるお母さんのために、今度は牛乳屋へとお使いに出かけます。他の子たちがはしゃいで駆け回っているのを横目で見ながら祭りの場所を通り過ぎ、少し汗をかいたので、丘の上の草むらに寝転がって天の川を見上げました。

なぜみんながぼくをからかうんだろうか。遠くの海に漁に出ているお父さんのことを刑務所に入れられているんだと言うし、お父さんが買ってきてくれるって約束したラッコの上着のことも、みんなが囃し立てる。いじめっ子のナゼリなんか、走る時はネズミみたいなくせして、みんなの前ではいつもぼくをばかにする。でもカンパネルラは違う。みんなには何もそういうことを言わないけれど、ぼくをからかったりいじめたりはしない、カンパネルラだけは。



コサギ

コサギ



ジョバンニは先生の話を思い出して、こんなことを考えていました。

天の川の星々も、太陽も月もぼくらの星も、真空の中に浮かんでいる。ぼくたち人間は小さな球の上で眠って、起きて、そして働いて、ときどき火星に仲間を欲しがったりする。火星人は小さな球の上で何をしているのかぼくは知らない。でもときどき地球に仲間を欲しがったりする。万有引力とは引き合う孤独の力なんだと思う。宇宙は歪んでいるから、みんなは求め合う。みんな不安だから、ひとりではいたくないんだ。

二十億光年の孤独に、ジョバンニは思わずくしゃみをしました。

お父さんもきっと孤独なんだと思う。お母さんも、カンパネルラも、真空の中で孤独だから孤独なぼくによくしてくれるんだ。きっとそうだ。



シジュウカラ

シジュウカラ



遠くの空で汽笛が鳴りました。銀河祭りの空から汽車がみるみる近づいてきて、ジョバンニの前で停車しました。一瞬、家で待っているお母さんのことを思いましたが、とても不思議な引力のような力に引っ張られて乗り込みました。
車内は空いていて、黒い別珍の座席に腰掛けると、同じ車両にカンパネルラの姿を見つけたのです。ジョバンニはほっとして、うれしくなって、二人が夢中で話している間にまた汽笛が鳴り、車掌が吹く笛の音を合図に汽車は銀河に向かって動き出しました。



ツグミ

ツグミ



とても長いような、短いような、時間のことがよくわからない汽車の旅で、不思議な鳥捕りの人や船で遭難した人たちに出会い、いろんな人生と、その終わりのことも知りました。そしてジョバンニは、本当の幸いってなんだろうかとそのことばかりを考えるようになり、この夢の中にいるような出来事を、それを探す旅にしようと決めたのです。
決心をとなりに座っているカンパネルラに打ち明けました。

カンパネルラ、ぼくはみんなの、お父さん、お母さん、友だち、いじめっ子のナゼリ、そしてぼくたち、みんなの本当の幸いを探しに行こうと思う。

それはいいことだね。

よかった、カンパネルラがそう言ってくれるなら勇気が出る。カンパネルラ、ぼくと一緒に白鳥座もさそり座もわし座も越えて、どこまでもどこまでも一緒に行ってくれるかい。

もちろん。

カンパネルラは約束してくれました。



ヒヨドリ

ヒヨドリ



孤独と孤独が引き合って、孤独な星から孤独な真空の空へのこの旅は、いったいどこへと向かうのでしょう。はい、では今日はここまでにして、続きは次の理科の時間にお話しします。今日は銀河のお祭りですからみなさんは外へ出て、よく空をごらんなさい。



カワセミ

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厚い雲に蓋をされている夜の庭で、晴れていても横浜では見ることができない天の川の方向を見上げて、二十億光年の孤独に、ぼくは思わずくしゃみをした。
あ、遠くの空で汽笛が鳴ったような。





今日は4時まで港南台店にいます。
夜は新宿でアンダーグラウンドな観劇。

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黒蜥蜴 原作/江戸川乱歩 脚本/三島由紀夫 演出/間 天憑
非シス人(ナルシスト)の舞台は、いつも頭をグシャグシャにシャッフルされてから遠心分離機にかけられるみたいな快感があります。
そして純度高く抽出されるのは、自分の中にある正常と異常。
ほぼ隙間なく庭のことを考えている日常を抜け出して、久しぶりに狂気の非日常を楽しんできます。
今朝の Facebook 情報によると今日はまだ少し残席があるそうなので、混沌としちゃってる方は問い合わせてみてください。



 

熟年やじろべえ

雨降りと晴天、ブレーキとアクセル、アナログとデジタル、自由と束縛、化粧と素顔、悲観と楽観、依存と自立、静寂と喧騒、表と裏、過去と未来、直感と思考、緊張と弛緩、北風と太陽、勤勉さといい加減さ、山下達郎と友部正人、リチャード・バックと坂口安吾、男と女、A型とB型、異なる対極によってやじろべえは安定します(安定性は支点とその左右にある負荷の距離が遠いほど増す)。
だからですね、違いを責めたり嘆いたり、相手に寄って行ったりせずに、支点(センター・双方の合意点)を意識しながら自分の位置を微調整すればいいのです。

もうひとつ大事なことは、お互いが支点よりも低い位置にあること(やじろべえ全体の重心が支点より下にあるほど安定する)。つまり自分が深まっていること、同時に相手への気持ちが深まっていること。浅い者同士だと揺れ続け、関係が深まってゆけば少々の風になど微動だにしない。
いつもとても残念に思うのは「夫婦仲が不安定だと理想の庭が実現しない」ということ。安定のために喧嘩をする夫婦はぜんぜん大丈夫で、しっかりといい庭を手に入れ、その庭がきっかけとなってよりいい夫婦に成長してゆきます。まあ人様のことをとやかく言ってもせんないことなので、わが夫婦が形骸化してしまわないよう心がけて、大いに喧嘩をしなければ。
とは言うものの、さすがに熟年やじろべえの揺れは徐々に少なくなってきたような。若い頃は浅い関係で揺れを楽しんだものですが、「もう若くないさ」ときみに言い訳しながら、二人だけのメモリーどこかでもう一度。



光と影のハーモニー

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常緑樹と落葉樹、多年草と一年草、陽だまりと日陰、見晴らしと目隠し、狭い庭は居心地をよくして広さを感じられるように、広い庭は隠れ場所をつくり落ち着いて過ごせるように。
陰陽まざり合うニュアンスの世界を。



時々あえて友部正人に首まで浸かる。
それはゴッホや、宮沢賢治や、ジャズでいうならチェト・ベーカーと同質の、
とても純度の高い、いけないお薬のような世界だ(やったことがないので想像だが)。
しばしトリップする。
すると遠くの、江ノ島方向の山影から澄み切った光が射してくる。
十秒に一度打つ鼓動のようなその光は、日中の設計で興奮した血流を鎮めてくれる。
でも友部の世界は庭の朝日にはそぐわないので、今夜のお楽しみということで。



このお楽しみにはおまけ付き。
新たな庭暮らしを求めて横浜から大磯に移住を果たした、
とびきり素敵なご夫婦から頂戴した上等な焼酎を、あえて梅割りで。
酔いと覚醒のハーモニーを楽しむために、
田舎っぽい赤くてすっぱい梅をかき混ぜて。
これまで出会った、たくさんの
素敵なご夫婦を思い出しながら。





今日は港南台店にいます。


 

 

極上なる混沌

あてもなく歩けば月がついてくる
種田山頭火

あくまでも、悪魔でも、飽くなき闘いどこまでも、線路は続くよどこまでも。
事業に失敗した山頭火は金を失い、信用を失い、友を失い、希望を失い、意欲も失い、飲んで飲んで飲まれて飲んでのお決まりコースで酒に溺れ、自堕落の沼に深く深く沈んでゆくこととなりにけり。されど根がまじめといいますか、きっと誰かしらの大きな愛情を受けて育まれたのであろう太い性根によって、その局面を打開すべく禅寺に入り修行を始めたのであります。しかしああ悲しきかな、貧すれば鈍するとはこのことか、中年アル中男の緩解などはマボロシ〜!なのでありましょうか、決意の修行も長くは続かず、追われるように、ダメな自分を追い立てるように、自分探しの放浪へと旅立ちの歌。さあ今、銀河の向こうまで飛んで行くんだという思いとは裏腹に、それは苦しい苦しい乞食同然の彷徨だったのです。苦し紛れに旅の空へとツイートする言葉を帳面に書き記しつつ、行けども行けども極楽見えず、行けば行くほど運命にあざ笑われるありさまなり。それでも歩いて歩いて、書いて書いて、悩んで悩んで、悔いたり詫びたり泣いたり叫んだりしながらの元祖ヒッピー詩人。本人はご存知ないという点がとっても残念ではありますが、後年自由句の先覚者と称され多くの人を感動させたのでありました、とさ。めでたしめでたし。



早起、仰いで雲を観、俯して草を観る。
種田山頭火

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分け入っても分け入っても青い山なれど、人間到る所青山ありとも申しますゆえどうぞこのまま、どうぞこのまま、ただひたむきに。
あてもなく歩けば月がついてくる。月もまた、お天道様と同じなり。ぼくの前に道はない、ぼくの後ろに道はできるの例えに倣い、この道をゆけばどうなるものか、行けばわかるさ危ぶむなかれ。



悩み多き者よ、時代は変わってゆく。
まわるまわるよ時代はまわる、
喜び悲しみ繰り返しながら。
どう変わろうと尽きることなき悩みなら、
この際その混沌をかき混ぜてみるのも一興かと。
なにせわれらは考える葦なわけですから、
頭でっかちな猿なんでありますから、
この無駄に発達した脳の余剰をフル活用して、
でっきるっかな でっきるっかな はてさてむふー
でっきるっかな でっきるっかな  はてさてほほー
女房ご自慢の Vitamix 使ってギュイーン!
まあぜて まあぜて まぜまぜミックス
意外ネ、 意外ネ、素材が新鮮であれば何を入れても
極上スムージーの出来上がり。
というわけで、本日の出囃子は
ヴァルダン・オヴセピアンの極上なる混沌を。



この譜面を弾くことはできても、
歌うことができる人はそうそういませんよね。
試しにハミングで音を追ってみてください。
戯れであってもやってるうちに余剰の脳細胞が活性化して、
鋭くなった感覚の切っ先にて
愚者愚者に絡んだ糸を快刀乱麻、
バサッと断ち切れるやもしれませんので。





今日は金沢文庫店にいます。
 


 

老化→蝋化→廊下

身体から発する光で周囲を照らす人を、きっとあなたも目撃したことがあると思います。庭の仕事をしていると、そういう強烈なワット数を有する特殊な蛍みたいな発光人と出会う機会が多く、ぼくはいつもその恩恵にあずかって、あやかって、光合成をしながら暮らしています。



逆境を照らすように、
逆光を集めて輝くタチアオイ。

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ではぼくの輝きはいかほどかと自問をすれば、ああいけませんいけません。少しの寝不足や、気分転換をしくじったり、運動を怠ったりするとてきめんに、梅雨空みたいな顔になっている。鏡よ鏡よ鏡さん、その仏頂面はどうしたことか。老化?表情筋が蝋化しちまってまっせと語りかけることもしばしばなり。すかさず丹念に百面相の顔面ストレッチ。今日こそはずううっと笑っていようと101回目の決心をしてニコちゃんマークではなまるマーケット。



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同世代の皆さん、特に男性諸氏、意識が顔まで届きづらくなるこの難局を突破しましょう。うまいこと突破できれば意識せずとも笑っている、何があっても笑ている、何もなくても笑っているおじいさんになれるというアメリカインディアンの教えがあるとかないとか。



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花言葉は「大望」「野心」「豊かな実り」。



何れにしてもマダムタッソーに発注するなら笑顔のまんまでお願いしたい。一体何が気に入らねえのかと思わせる不機嫌顔が常態化してしまった老化オヤジは廊下に立ってなさい!とレッドカードを出されてしまいます。まだ後半戦の中盤なので、見事に逃げ切るにしろ、逆転を狙うにしろ、ホイッスルまで全力でピッチを駆けていたいじゃないですか。アディショナルタイムを使い切る、最後の最後まで。

本日23時、フジテレビ。




今日は港南台店にいます。



 

ドローでメローな朝のこと

ジリジリするセネガル戦が終わり、試合結果と同じく興奮と疲労がドローのドローンとした頭で考えた。ビールとカップラーメンを胃に流し込んで無理やり寝るか、あるいは庭に出て朝を待つか。読みかけの本はずらっと並んでいるし、今から飲んだら朝がだるくなるのは明らかなので後者を選択した。



ノリウツギの朝げ

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深夜と早朝の狭間は静寂の闇。スタンドのウイッチを入れ、まだ必要ないのだが戯れに蚊取り線香に着火して、冷蔵庫にあったカラダカルピスを飲みながらスペシャルな時を過ごす(ページはさほど進まずほとんどうたた寝だったが、それがたまらなく心地よし)。やがて白黒の景色に色が入り始めた東雲時に「そうだ、公園へ行こう」と思い立った。軽く汗をかくくらい歩かないと仕事に集中できない気がしたからだ。
思い立ったが吉日なり、善行にためらいは不要なり、過ちては改むるにはばかることなかれとばかりに、素早く身支度を整え日限山公園へと向かった。



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まだ誰も歩いていない道を30分ほど進むと、頭上の地味目な白いふさ花に虫が集っているのを発見。ゲンキングなムシキングたちの朝食バイキングは早い。まあ一応撮っとくか、と、ぼくも地味目な気持ちで
ピントを合わせていたら、背後に人の気配が。

何撮ってんの?

はは、虫ですよ。

その人の出で立ちからベテランバードウォッチャーであることが見て取れたので、虫けらを狙っている者になど興味を持たずに立ち去るであろうと思い、そんなニュアンスで返事をした。

この木、知ってる?

いえ、この木は何の木でしょうね、気になる木ですね。

あははは、これはノリウツギだよ。なかなかこんなに大きく成長しないんだよね。皮から採れる粘液が和紙の糊に使われていたんだって。つまり、ここいらあたりが昔、里山だったってことの生き証人ってわけ。

ほほお、なあるほど。そういえばクヌギも多いし、確かに。

ぼくより十歳以上は年上のバードウォッチャーの、ネイチャーな知識に関心顔となったぼくに、さらに解説は続いた。

今咲いている小さいのが本当の花で、このあと紫陽花と同じ偽花が開き出す。それが枯れてもずうっと残ったままになることから、娘を嫁がせるときに「ノリウツギの花が消えるまで帰ってくるんじゃないよ」と送り出したんだってさ。

あああ、なかなかいい話ですね。そうか、枯れても消えない花なんだ。

うちの娘は嫁いでもいないのに枯れ始めてるよ、ははは。けっこういい女だと思うんだけどなあ、・・・世の中うまくいかないね。
あんた、独身?

ええ、まあ。

何となく、ノリでそう答えていた。

何だ、もしかして訳ありかい。訳ありだよね、みんな。そうかああ独身かあ。俺もカカアが出ってっちまったから独身だ。

おやまあ、それは訳ありですね。

まあいんだ、次のカカアは目星がついてるし。ってか、それで出てっちゃったんだけどね、はは。

早朝の公園にはとても似つかわしくない話題だったが、バードウォッチャーの顔に刻まれた笑い皺がメローさを醸し出していて、品があるというか、ナベサダや三宅一生や高橋一生と同じ種類の笑顔だったの、気分は落ちない。

おやおやそれはまた。命短し恋せよ男、ですね。

しょゆこと。じゃ、お先。

立ち去ってゆく背中はやや丸く、少し寂しそうであり、少し何かに怒っているようでもあったが足取りは少年のように軽やかで、望遠レンズを装着した三脚付きのカメラを担ぐ姿は、おもちゃの剣付き鉄砲を手に、自治会主催の戦争ごっこに赴く老兵役みたいだった。



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多くの人がまだ布団の中にいる時間の公園を歩いている人は、多分だが、みんな訳ありだ。
ここが里山で、小さな田んぼを耕し、野菜を育て、山菜を採り、和紙を漉き、炭を焼いて暮らしていた人たちも、みんな訳ありだったに違いなく、のこ大木となったノリウツギはその物語をじっと見つめてきたんだなあと、少々センチメンタルに、今は消えてしまった人たちの心情を想像しながらまた何枚か撮ってから、老兵とは反対方向に歩き出した。んっ!と背筋を伸ばして、軽やかに。



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もうすっかり寝不足の失点は挽回できた。ただし、まだドローだが。長いいち日の始まり始まりだ。
かつて「絶対に負けられない戦いがそこにある」って、テレ朝だったかな、よく言ってたけど、「そんなこと言ったって負けることもあるでしょ」って突っ込んでいたけど、ぼくのこの試合は絶対に負けられないのだ。

い〜のちい〜みじいかし〜恋せよお〜おのこ〜
熱き血潮の冷えぬ間に
明日の月日はないものを

いのち短し恋せよ男
心の炎消えぬ間に
今日は再び来ぬものを





今日は港南台店にいます。




 

ふざけろ・ふざけんな問題

関東人にして健闘人のぼくは、酔っ払った女房のわけのわからない口撃にアッタマ来たときに「ふざけんな」と言います。関西人にして勘冴え人の女房は、ぼくのシラフなのにもかかわらず酔っ払ったような言動に怒ると「ふざけろ」と言います。



通勤途中、漂う濃厚な香りに気づいて探したら、
十数メートル先にクチナシが咲いていました。
湿気と混ざり合うイランイランにも似た濃厚なる芳香は、
清楚や純情とは真逆の、播州女のかおりです。

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夜の庭でふと思ったんですけど「ふざけんな」と「ふざけろ」って真逆なんですよね。あっ、こんな下品な喧嘩は過去数回しかないんですよ。通常はですね、冷静に笑みをたたえながら「きみきみ、そういう言い方はないんじゃないかな」と諭し、「あら、あなたこそそういう考え方はいけなと思いわすわ。そのような単純思考は決して人類の幸福に寄与しませんことよ」という穏やかにして上品なものです(本当です、絶対に)。で、その真逆な言い方何ですけどね、否定と肯定、これは文化人類学的にとても興味深いことなわけです。



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関東人と関西人の違いはまさにここ。ぼくら関東人は(越後は東北ではなく関東圏)受け入れ難い事柄を排除しようとします。対して関西人は、ここぞとばかりに面白がると言いますか、しゃあないやんか、アホはアホなりに生きて行かなあかんのやしと排除することなく反省を促すような、それで反省しなくても、まあええわいな、人が死ぬわけやなし、そんは人がおってもおもろいやん、という具合なんですよね。



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どっちが正しいかは別として、関西人の方が濃いめのコミュニケーション術を有しています。反面、理屈に合わないといいますか、ときに論理的に破綻してるといいますか、そもそも論理思考をもっていないんじゃないかと、東男にはそんなイラっとする感情が積み重なってゆくのです。まあでも結果的にはその関西風雑草魂が、これまで幾多の難局を切り開いて来たわけでして、アクシデントには「負けへんで」と、理不尽な出来事には「そうか、そう来たか。ほなこうしたる」と、粘り強く獲得目標にフォーカスし続けるど根性を感じています。



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探偵!ナイトスクープってあるでしょ(横浜ではTVKでやってるので、録画して欠かさず観ています)。あれって、ぼくからしたら衝撃に次ぐ衝撃の内容なんですよね。関東人にとっては愚にもつかない些細な事柄が、オムライスがうまく包めない、みたいなことが、じんわりと泣けるいい話に展開したり、「こりゃあさすがにダメでしょ」という、放送上はタブーであると思われるレベルの精神的混沌に陥っている人取り上げてたものに、これまたティッシュの箱が手放せない泣き笑いの感動を得たりして、いやはや関東と関西の違いは洋の東西以上だと実感しているのであります。



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常日頃、この違いを庭木の捉え方にも感じています。剪定の仕方、仕立てのスケール感についてです。
関東の庭師はチョキチョキチョッキン、小ざっぱりと小粋に切り詰めてることを良しとしていて、庭木は盆栽のテクニックにて仕立てられている。ところが関西ではまったく違って、できるだけ自然樹形を保ちつつ、木と木がせめぎあいながらも融合する雑木林のような風情を好みます。



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たくさんのお客様から「あなたたちは理想の夫婦ね」という過分な賞賛を頂戴しているので、こんなことを言うのはいけないんですけど、何かにつけて関東と関西の違いは凄まじく、そのギャップからの小競り合いが繰り返される日々というのが実態。でもまあ、独身時代の早い時期からフランス人と結婚したいと妄想していたので、それに比べたら、かろうじて日本語が通じるのだからマシか、と思っている次第です。
ふざけろっ!と言われそうですが。





今日は金沢文庫店にいます。


 

快楽主義礼賛

生物の営みは、外部要因に対する「快・不快」の判断によって行われています。人間は欲深いので、わざわざ苦労し不快に耐えて、その先にあるさらなる快楽を求めます。
ではその先にあるはずの快楽を見失ったらどうなるでしょう。あるいは失敗体験で臆病になり快楽に腰が引けてしまったら。
報われることのない苦労を積み重ねるばかりの庭のなんと多いことか。原因は快楽主義から苦労主義に変節してしまった思考。目的を失っても苦労を積みさ重ねてしまうことも、人間に特徴的な性質です。
そこから脱するには快楽主義に戻ること。朝から晩まで「楽しいことしかやりません」と決めてください。



白い蝶のサンバ

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え、そんなことしたら暮らしが破綻してしまいますよ。だって洗濯も掃除も食事の準備も不快だし、仕事だって不快でしょ。そもそも結婚生活が不快だし。

おやおや珍しいですね。ぼくはそのどれもが大好きですけど。

珍しいのはあなたの方よ。よっぽど素敵な奥様なんでしょうね。よかったですねお幸せで。

ええ、まあ。

快楽を追えばいいって、そんな単純なものじゃないでしょ、世の中って。不条理だらけだし、不安だらけだし、それでも不快に耐えて頑張っているから生活が成り立っているんだと思うんですけど。そういうね、あなたみたいにボジティブ至上主義な、青年病の未熟な純粋まっすぐ君を食い物にしている似非カリスマコーチングトレーナーみたいな物言いって、好きじゃないのよね。

はあ、そんな印象を与えてしまうところがぼくの未熟にして純粋まっすぐ君なところでして、セルフコーチングとして巷に蠢く似非カリスマの本を片っ端から読み漁り、その似非ぶりの正体を炙り出しながら自らを律している最中なのです。修行中の身なれば、どうかお許しを。

そもそもなんで庭を楽しまなきゃいけないの。いいじゃない苦労する場所で。毎日苦労して、苦労して、苦労することの中に生きる実感があるのよ。その姿を見ることで子供は人生の厳しさに対する心構えができるし、我慢することや根性や知恵が身につくんじゃないのかしら。母もそうだった。だったって言うと死んじゃったみたいだけどまだ元気。毎日電話をかけてきては過去の苦労話と現在の苦労話と未来の苦労話をするのが生きがいになっているの。

おお、ヴィクトール・フランクルですな、あるいは姜尚中。その考え方はとても崇高にして人間的に美しいことです。お母様にいいね×100。
ええええっとですね、ところで、あなたはご自分のこと、どう思っていますか?あ、つまり、好きか嫌いかっていうことなんですけど。


自分のこと?わたしがわたしのことを好きか嫌いかって・・・
自分を好きな人っているんですか?

と、いうことは、お嫌いなんですね。

ええ、どちらかといえば、ですけど。
え、え、え、みんなそうでしょ、自分の欠点や、能力の低さや、不遇とか不運とか、そういうことが頭から離れないじゃないですか。だから頑張って、苦労して暮らしているんですよ。でしょ?そうじゃないの?もしかして、あなたはご自分のことが好きなの?

その問いに、ぼくはあなたの期待に反した、反することを期待しているなら期待通りの答えをせざるを得ません。大好きです。

あのね、あ、失礼。あ・の・で・す・ね、ひょっとしてって思っていたんですけど、あなた馬鹿でしょ。なんでそんな能天気でアンポンタンなこと言っていられるのか理解できない。ああ信じられない。こんな人がいるなんて、もうどういうことでしょ。

んんん、困りましたなあ。でもご安心ください、アンポンタンとはフランス語で夢の架け橋という意味ですし、ぼくはお察しの通りアンポンタンな馬鹿ですから。親からも教師からも上司からも、さらには愛する妻からも繰り返し言われてきたことなので確かです。あまりに確実性が高く相対的に不確実性が低いので、世の中との相対性的にどうしたらいいのかと若い頃には葛藤があったものです。四畳半の自室でLPよしだたくろうオンステージの「私は狂っている」を流しながら馬鹿なりに馬鹿について3分ほど悩んで出た結論が「もっと馬鹿になれ」となりまして、それ以来何をするんでも狂ったように、恋愛でも勉強でも仕事でも遊びでも、額に狂の字を浮き立たせながら取り組む癖がつきました。
で、あなたはこんな馬鹿者にどんな庭をお望みなのでしょう。


そうそう、それなのよ。住宅メーカーから出てきたプランがね、金額ばかり高くて中身がないというか、全然つまんないの。なんちゅうか本中華、あらやだ古いわね、なんというか、全くときめかなくて。こちらからいくつか要望を出して、それはクリアしているんだけど、っていうか要望だけで設計されているから物足りないというか・・・

ちょっちょっちょっ、ちょっと待ってください。要望通りに設計された庭がつまらないというなら、それはフランクリアン、あれ、フランキストかな?まあいいや、あなたの望み通りに苦労するための庭なんだからそれでいいじゃないですか。スタンディングでブラボーですよ、ブラッヴォ!いやあ世の中に溢れている正気な設計者に鳴り止まぬ拍手。そんな芸当はぼくにはとてもできない。

・・・ねえ、少しだけあなたの手口が見えてきたわ。あなた、詐欺師でしょ。さもなければ大泥棒ね、アルセーヌ並みの。

アルセーヌ、ですか。自分的にはシャーロックだと思っているんですがねワトソン君。だからこれは詐欺ではなくて正義です。

やっだー、シャーロックはちょっとカッコ良すぎるんじゃないかしら。

いやいやお嬢さん、あ、失礼、マダム、ぼくはご推察通りの馬鹿なので自分が大好きなのです。好きで好きで好きすぎて、これを英語で Self-affirmation 、フランス語で Auto-affirmation 、アラビア語で احترام الذات って言うんですけどね、日本語に訳すと「庭はあなたが望む通りになります。設計者が誰であれ、どんな設計者であれ、あなたが望むことを具現化するのが仕事ですから。もしも設計者に依頼しないなら自然がそれを叶えてくれます。もしもその庭が気に入らないとしたら、それはそういう望みを抱いているあなたをあなた自身が気に入っていないということに他ならない。つまり自分を嫌いな人の眼前には気に入らない庭が出現するのです。おお偉大なるかな神、我思う故に我あり」となります。ね、まさにそれがあなたの望み通りの庭なんですよ、お嬢さん。あ、失礼、マダム。

ああ・・・なんだか私、カリオストロの城でシャーロック、じゃなかった杉下右京、じゃなくて銭形警部が言っていたあのセリフを思い出しちゃった、「奴はとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です」っていうあれ。
ねえ、設計お願いできるかしら。


お望みとあらば。で、いかような庭を?

わたしの望みを叶えてくれるなら、わたしの望みと正反対の庭を。

ようやくわかってくれたようですね子猫ちゃん、あ、失礼、マダム。ジュ・テーム・モア・ノン・プリュ。ではそのように。

すてき。徹底的にお願いね。

はい、徹底的に。

ふふふ、徹底的に。ああ、なんだかわくわくしてきたわ。

あははは、君の瞳に乾杯!誕生日おめでとうございます。たった今、あなたは崇高なる愚か者エピクロスの教義を信奉する賢き者、真面目に人生を遊べるエピキュリアンに生まれ変わりました。フージコちゃん、じゃなかった、マダム、いくつになってもハッピーバースデー。





快楽主義者に必須なのは自己肯定感なのであります。ということで、めでたしめでたし。
ではお望み通りに、望みと正反対の快楽の庭を思い描くことといたしましょう。





今日は港南台店にいます。



 

情熱の嵐

好きなことを仕事にできていていいですね、とよく言われます。破顔一笑「はい」と答えます。でも本当は、嫌いじゃないけど特別好きだったわけでもなく・・・違う仕事に就いていたとしても同じように言われるだろうなあと思っているのです。つまり働き方の問題。
ちなみに、素敵な奥さんでいいですね、と言われたら呵々大笑「はい」と答えることにしています。でも本当は・・・って、まあいいですよね、これは。



ネムノキ
この花を目にする度、
宮城まり子さんの情熱に思いを馳せます。
四十一歳の時にねむの木学園を創設し、
九十一歳、可愛らしいおばあちゃんとなられた現在も、
相変わらずの血気盛んさで現場に立って、
相変わらず次々やってくる苦難に立ち向かいながら
活躍されているとのこと。
見事な人生です。


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好きなことを仕事にしている(ように見える)人の共通点は、出会った仕事を好きになる惚れっぽさと、その仕事に対する愛情と、好きでい続ける情熱なのであります。つまり結婚生活と同じこと。好きな人と暮らせていていいですね、って言われたらどうでしょう。そんなの当たり前じゃないですか、って思いますよね。これは庭も同じで、素敵なお庭で幸せですねって言っていないで、自分の庭を素敵にすればいいのです。やり方はぼくがお教えしますからいつでも気軽にお越しくださいね。その際には現状の写真と建築図面をお持ちください。 あ、それと、庭への夢もお忘れなく。



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仕事であれ、庭であれ、何であれ、惚れっぽさと愛情と止むことのない情熱の嵐があればそれが生きがいとなり、君が望むなら、命をあげてもいい、となります。



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え、情熱がない?うっそー、そんなにたくさんの不満を持っているあなたなんですから、その不満を恋心にロンダリングすれば相当に激しい恋になると思うのですが。さすればやめろと言われても、今では遅すぎた、激しい恋の風に巻き込まれたら最後さ、となることでしょう。



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収入、待遇、職場環境、人間関係など、仕事への不満なんてあって当たり前。そんなんでいちいち落ち込んだり辞めたりしていたら、仕事を生きがいにすることはできませんぞ。まして好きなことを仕事にできていていいですね、と言われることなど。
仕事観は人それぞれなれど、それを不満を強いられている死んだような時間と捉えるか、自分を磨き輝かせる生きがいと捉えるかで人生の質は大きく違ってきます。仕事がしたくて早く目がさめるようなら問題なし、逆になかなか布団から出られないようなら働き方改革を行なってくださいね。ゆううつなど吹き飛ばして、君も元気出せよとエールを送ります。
ぼくの場合、早起きどころか寝ている間に脳内で設計が仕上がっていることが多々あり。天才か、はたまたワーカホリックかもしれませんが、庭への情熱の嵐は激しさを増すばかりです。





今日は金沢文庫店にいます。

おっさんジャパンも情熱の勝利。気分良し。




 
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