ガーデンセラピー

ガーデンセラピー 140

『直視する』

よく「荒れた庭を見ると気が滅入るのでカーテンを開けなくなった」というケースがあります。



直視すれば、変貌する。

門馬邸 Before

門馬邸Before


After

門馬邸After



理想から逃げ続け、ついに逃げ切ることはできます。
それはさしてめずらしくもない人生模様。




赤澤邸 Before

赤澤邸Before


After


赤澤邸After



事態を打開するには問題から目を背けないこと。現状を見据えて、その条件下での最善を選んで行動しない限り、五年経っても十年経ってもカーテンは閉まったままです。



今福邸 Before

今福邸Before


After

今福邸After



課題から逃げ腰だと追われ続けるだけ。
まずは理想と現実の違いを直視することから始めましょう。





ぼくは夜の庭で、過去、現在、未来の三人の自分を直視することを習慣としています(もう六年と二ヶ月半)。過去は歪、現在は未熟、故に未来の自分には可能性だらけです。

思い起こせば、そのきっかけとなった文章がありました。


卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。

 

諸君らの研鑽の結果が、卒業の時を迎えた。その努力に、本校教職員を代表して心より祝意を述べる。
また、今日までの諸君らを支えてくれた多くの人々に、生徒諸君とともに感謝を申し上げる。

とりわけ、強く、大きく、本校の教育を支えてくれた保護者の皆さんに、祝意を申し上げるとともに、心からの御礼を申し上げたい。
未来に向かう晴れやかなこの時に、諸君に向かって小さなメッセージを残しておきたい。
このメッセージに、2週間前、「時に海を見よ」題し、配布予定の学校便りにも掲載した。その時私の脳裏に浮かんだ海は、真っ青な大海原であった。しかし、今、私の目に浮かぶのは、津波になって荒れ狂い、濁流と化し、数多の人命を奪い、憎んでも憎みきれない憎悪と嫌悪の海である。これから述べることは、あまりに甘く現実と離れた浪漫的まやかしに思えるかもしれない。私は躊躇した。しかし、私は今繰り広げられる悲惨な現実を前にして、どうしても以下のことを述べておきたいと思う。私はこのささやかなメッセージを続けることにした。
諸君らのほとんどは、大学に進学する。大学で学ぶとは、又、大学の場にあって、諸君がその時を得るということはいかなることか。大学に行くことは、他の道を行くことといかなる相違があるのか。大学での青春とは、如何なることなのか。
大学に行くことは学ぶためであるという。そうか。学ぶことは一生のことである。いかなる状況にあっても、学ぶことに終わりはない。一生涯辞書を引き続けろ。新たなる知識を常に学べ。知ることに終わりはなく、知識に不動なるものはない。
大学だけが学ぶところではない。日本では、大学進学率は極めて高い水準にあるかもしれない。しかし、地球全体の視野で考えるならば、大学に行くものはまだ少数である。大学は、学ぶために行くと広言することの背後には、学ぶことに特権意識を持つ者の驕りがあるといってもいい。
多くの友人を得るために、大学に行くと云う者がいる。そうか。友人を得るためなら、このまま社会人になることのほうが近道かもしれない。どの社会にあろうとも、よき友人はできる。大学で得る友人が、すぐれたものであるなどといった保証はどこにもない。そんな思い上がりは捨てるべきだ。
楽しむために大学に行くという者がいる。エンジョイするために大学に行くと高言する者がいる。これほど鼻持ちならない言葉もない。ふざけるな。今この現実の前に真摯であれ。
君らを待つ大学での時間とは、いかなる時間なのか。
学ぶことでも、友人を得ることでも、楽しむためでもないとしたら、何のために大学に行くのか。
誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。
大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。
言葉を変えるならば、「立ち止まる自由」を得るためではないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい。
中学・高校時代、君らに時間を制御する自由はなかった。遅刻・欠席は学校という名の下で管理された。又、それは保護者の下で管理されていた。諸君は管理されていたのだ。
大学を出て、就職したとしても、その構図は変わりない。無断欠席など、会社で許されるはずがない。高校時代も、又会社に勤めても時間を管理するのは、自分ではなく他者なのだ。それは、家庭を持っても変わらない。愛する人を持っても、それは変わらない。愛する人は、愛している人の時間を管理する。
大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌めきの時なのだ。
池袋行きの電車に乗ったとしよう。諸君の脳裏に波の音が聞こえた時、君は途中下車して海に行けるのだ。高校時代、そんなことは許されていない。働いてもそんなことは出来ない。家庭を持ってもそんなことは出来ない。
「今日ひとりで海を見てきたよ。」
そんなことを私は妻や子供の前で言えない。大学での友人ならば、黙って頷いてくれるに違いない。
悲惨な現実を前にしても云おう。波の音は、さざ波のような調べでないかもしれない。荒れ狂う鉛色の波の音かもしれない。
時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか、海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。
いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。
いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。
海を見つめ、大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。
真っ正直に生きよ。くそまじめな男になれ。一途な男になれ。貧しさを恐れるな。男たちよ、船出の時が来たのだ。思い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。
鎮魂の黒き喪章を胸に、今は真っ白の帆を上げる時なのだ。愛される存在から愛する存在に変われ。愛に受け身はない。
教職員一同とともに、諸君等のために真理への船出に高らかに銅鑼を鳴らそう。
「真理はあなたたちを自由にする」(Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ ヘー アレーテイア エレウテローセイ ヒュマース)・ヨハネによる福音書8:32

 

一言付言する。
歴史上かってない惨状が今も日本列島の多くの地域に存在する。あまりに痛ましい状況である。祝意を避けるべきではないかという意見もあろう。だが私は、今この時だからこそ、諸君を未来に送り出したいとも思う。惨状を目の当たりにして、私は思う。自然とは何か。自然との共存とは何か。文明の進歩とは何か。原子力発電所の事故には、科学の進歩とは何かを痛烈に思う。原子力発電所の危険が叫ばれたとき、私がいかなる行動をしたか、悔恨の思いも浮かぶ。救援隊も続々被災地に行っている。いち早く、中国・韓国の隣人がやってきた。アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの供給を提示した。窮状を抱えたニュージーランドからも支援が来た。世界の各国から多くの救援が来ている。地球人とはなにか。地球上に共に生きるということは何か。そのことを考える。
泥の海から、救い出された赤子を抱き、立ち尽くす母の姿があった。行方不明の母を呼び、泣き叫ぶ少女の姿がテレビに映る。家族のために生きようとしたと語る父の姿もテレビにあった。今この時こそ親子の絆とは何か、命とは何かを直視して問うべきなのだ。
今ここで高校を卒業できることの重みを深く共に考えよう。そして、被災地にあって、命そのものに対峙して、生きることに懸命の力を振り絞る友人たちのために、声を上げよう。共に共にいまここに私たちがいることを。
被災された多くの方々に心からの哀悼の意を表するととともに、この悲しみを胸に我々は新たなる旅立ちを誓っていきたい。
巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ。
本校校舎玄関前に、震災にあった人々へのための義捐金の箱を設けた。(3月31日10時からに予定されているチャペルでの卒業礼拝でも献金をお願いする)
被災者の人々への援助をお願いしたい。もとより、ささやかな一助足らんとするものであるが、悲しみを希望に変える今日という日を忘れぬためである。卒業生一同として、被災地に送らせていただきたい。
梅花春雨に涙す2011年弥生15日。

 

立教新座中学・高等学校

校長 渡辺憲司






今日は「金沢文庫店」にいます。

真っ正直に、くそまじめに、一途に、真っ白の帆を上げて。





 

ガーデンセラピー 139

『出番に備える』

冬には春を思い、春には夏を思う。
庭を楽しむ人の生活習慣。



ソメイヨシノが葉桜になり、
待ってましたと八重が開きました。

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庭は未来に思いを馳せる場所。



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十年前、ぼくは十年後を想定していち日のスケジュールを立てていました。



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今日も十年後の準備に時間を使います。



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明日の予定や一週間後のスケジュールは極力考えずに今日に集中する、というのが設計作業には適してい
るのですが、それだけだと行き当たりばったりになってしまうので、遠くに「十年後」を置いて眺めるようにしています。十年も先だと不安やプレッシャーはなく、ただただ夢見るようなイメージが持てるので、気分がグッと上がりますよ。





木を植えるのに一番いいのは三十年前、次にいいのは今。
中国の諺





今日は「港南台店」にいます。




 

ガーデンセラピー 138

『エクスキューズを封印する』

毎日何組かのご夫婦が店を遠巻きにしながら、結構大きなボリュームで、うちの庭は狭いからね、そりゃあお金があったらね、蚊がいるから無理無理、老後の楽しみにしようか、子どもたちが小さい頃は庭も楽しかったけど、どうせ手入れはしないし枯らしちゃうでしょ、などなどと話して去ってゆきます。



仕事柄なのか、カメラを持ち歩いているからか、
あるいは自然豊かな地で生まれ育ったおかげか、
ぼくには人並み以上に花の声が聞こえるようです。
タオイスト坂村真民は
「花は嘆かずに、ただひたすらに咲いている」と言っていますが、
確かに、生育過程で
ああだこうだと言い過ぎる花は、
盛大に咲けないまま終わる傾向があります。

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横浜に来て最初に住んだマンションの前のゲンペイモモが
今年も見事に咲きました。
年に一度の雄弁な姿。



ふふっ、試しにその口を閉じてみなさい。いとも簡単に、奇跡に次ぐ奇跡が起こるから。



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身体は食べたものでつくられ、心は聞いた言葉でつくられ、未来は発した言葉でつくられます。



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口を衝いて出る「できない理由」は強烈な願望の裏返し。「やらない言い訳」は願望達成方法の裏返し。
そのカードをひっくり返さない手はありません。






 

ガーデンセラピー 137

『庭を浴びる』

部屋から眺めているのと、そこに出て過ごすのとでは庭の感じ方は全く違うものです。



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庭を浴びると全身のミトコンドリアが活気付く。



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そこに降る光は太陽からの贈り物。吹く風は地球を隅々まで渡ってきた空気。見上げる空は紛れもなく宇宙空間。植物は地球と最も相性良く繁栄してきた生命群。



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人類は旧人類までさかのぼれば50万年の歴史があり、つい50年前までは毎日自然を浴びながら暮らしてきました。



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ぼくは朝晩必ず、庭でピテカントロプス的に時を過ごしています。





 

ガーデンセラピー 136

『窓を開ける』

空気を循環させれば気の流れがよくなります。
気の流れがよくなれば、気分がよくなり運気が上がります。



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外気も光も遮断したまま幸せを築くことは至難の業。



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小さい頃は神さまがいて
不思議に夢をかなえてくれた
やさしい気持で目覚めた朝は
おとなになっても奇跡はおこるよ

カーテンを開いて
静かな木漏れ陽のやさしさに包まれたなら
きっと
眼にうつる全てのことはメッセージ



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せめてカーテンは開けて暮らしましょう。
住宅地を歩くと、9割以上の家がメッセージの受け取り拒否状態なのです。





木から下りた猿は、猛獣から身を守るために洞穴や林の中に隠れて暮らす習性がありました。
ただし、隠れつつも周囲を察知できなければなりません。
天候、季節、迫り来る危険などをいつも感じ取れるように、彼らは隠れ家に窓をつくりました。





今日は「港南台店」にいます。




 

ガーデンセラピー 135

『植物に囲まれる』

健康な木々や草花に包まれるようにして暮らせば、自ずと心身は健康へと導かれます。



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地球は植物の星であり、ぼくらは元来、花粉を運ぶ昆虫や土中の微生物と同じく、そのサポート役として生存を許されてきたのだ。



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生物の起源は、27億年前に出現した酸素活性型光合成生物であるシアノバクテリア(藻のようなもの)だと考えられています。
そして現在に至るまで、この星の生態系は植物の繁栄の上に成り立ってきました。



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二酸化炭素を酸素に変換してくれるのは唯一植物だけ。
あらゆる命を支えている神の化身の気を浴びて、木々を意識し、木の実と草を多く食べ、花を愛で、その知恵やお作法を学びながら暮らしていきましょう。



ぼくらの起源をたどって行くと、
そこはアフリカの、深い深い森の中。 

  





今日は四季の森の「レノンの庭」にいます。








 

ガーデンセラピー 134

『演じる』

感情丸出しでいたら、コミュニケーションが破綻するのは当たり前。
特にアルコールが入った時には気をつけないとね。



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人と植物の違いは感情の有無。



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周囲との関係性によって生きている花たちに倣うには、その厄介な本性に「演じる」というか羽織をまとう必要があります。



DSC00113

花のように 花のように
ただそこに咲くだけで美しくあれ
人は今 人は今
大地を強く踏みしめて
それぞれの花 心に宿す 



少年時代、ぼくはとてもぼーっとしていて喧嘩にまきこまれてもその場では感情的に入っていけず、家に帰ってから悔しさや怒りがこみ上げてくるタイプでした。
青年期、その反動からか、自分から論争をふっかけて相手の感情を逆なでするのが楽しくて仕方ないという、全く傍迷惑な所業に熱中した時期がありました。
現在、感情は貴重なエネルギー源として身の内で燃焼させています。
それはとてもエコで高カロリーな燃料です。

若き日に吹き荒れた感情の嵐は、先々に役立つ心の化石燃料を蓄えるための季節なんでしょうね。





レオン・ラッセルが天国に召されました。
テネシーの日に焼けた大地から
決して軸足がぶれない人でした。



当たり前だけど、
みんな死んじまうんだなあと。



こんなに寂しいゲームを続けることが
本当に幸せなんだろうか
どう伝えたらいいのか言葉を探しながら
見つけられずにいる
とにかくわかっていることは
ふたりはこのつまらない仮面舞踏会から
うまく抜け出せずにいるということ

お互い怖いんだよね
最初から
心なんか通っていなかったんだって認めることが
話し合おうとしても言葉に詰まるし
けっきょくこの悲しいゲームの中で
いつまでも迷い続けている

何度も別れようと思ったけど
そんな気持ちも君の瞳を見ると消えてしまう
だけど何故こんなことになってしまったのか
その理由を知ることがどんなに辛くても構わない
この悲しくて虚しい
上っ面の宴から抜け出せるなら



雨降るスーパームーンの庭で、
レッドネック・ロック
(首筋が日に焼けた南部の白人労働者)
のしわがれた歌声に、
バーボンで献杯。
今夜は羽織を脱ぎ捨てて
ストレート・ノー・チェイサーで。

We're lost in this masquerade.





今日は「金沢文庫店」にいます。

 

 

ガーデンセラピー 133

『静と動を意識する』

庭で腰掛けて、しばし動きを止めてみる。
呼吸も出来る限り静かに、深く長くしてみる。
5分もそうしていると意識が全身の隅々まで通い、その息するマネキンと化した自分を見つめているもうひとりの自分が現れます。



止まることで見えてくる世界がある。

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自分が揺れ動いている限り
ピントは合わないのです。




静止力を鍛える。



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ダンス、舞踏、能、パントマイム、演劇など身体表現の訓練では、動くことよりも先に「静止」を学ぶもの。
ぼくらも日々身体を使って暮らしているのですから、たまには動きを止めて、自分を捉え直してみましょう。
身体を意識できている人の立ち居振る舞いは美しく整っています。



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あなたもひとりで庭に出て、静止してみてください。
座っていても、立っていても、寝転んでいてもかまいません。
最初は1分間、慣れてくると自然と時間が延びていって、効果も増していきますよ。



モーガン・フィッシャー
Peace(go sliwly)

20年前に買った5枚のアルバムは
今でも愛聴盤。
すっかり自分の一部になっている音楽です。

 



いつのまにか習慣化したこの「庭禅」、ぜひお試しあれ。





今日は「港南台店」にいます。





 

ガーデンセラピー 132

『百花繚乱の中にあれ』

森を歩くと、そこには数限りない種類の植物、昆虫、目には見えないけど微生物などがいて、そういう生物の重層的なハーモニーによって個々の命が存続できている、奇跡とも言える豊かな世界があります。
じつはぼくら人間も、その生態系システムの端っこを間借りして暮らしているのです。



炎天下でも平気な顔をして
色とりどりに咲くポーチュラカ。
花言葉は「元気」「無邪気」「自然を愛する」。
DSC08240



自分とは、自然の中の自分であり、社会の中の自分であり、集団の中の自分であり、家族の中の自分。
幸せの中にあれば幸せになるし、その幸せを存続させるためには周囲を幸せにする必要がある、という仕組み。




DSC08235



窮地に立った時、余裕を失って他人の忠告やアドバイスがまったく聞こえなくなってしまう人がいますよね。
いけないいけない、困った時こそ孤立してはいけません。



DSC08237



「存在とは対比によって生じる概念」ですから、余裕をなくして思考の中に他人を置けなくなると、同時に自分を失ってしまいます(他者の存在が自分を認識するための絶対条件なので、もしも地球上にあなたひとりだったら、あなたはあなたを認識する必要がなくなり、自己という概念が消滅する)。



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自分を見失ってしまったら、その苦難を乗り越える知恵も踏ん張る力も出ませんよね。



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困った時、悩んだ時、迷った時は一旦落ち着いて、課題を紙に書くなりなんなりして思考を整理整頓し、心にわずかでも空きスペースを確保してください。
それができたら、そこにパートナーや友人や専門家を呼び寄せて意見を聞き、最善の道を選んで進みましょう。

とは言うものの、ぼくの場合ヘソが少々左側に曲がっちゃているで、そのようにしてアドバイスを頂戴した上で、それとは真逆の選択をすることも多いのですが(笑)。





百花繚乱とは、様々な花が同時に咲いている様子。
それぞれに美しく咲く人々の中で、お互いに影響し合いながら自らも咲き続ける、これが自然界の理に適った問題解決方法です。
くれぐれも、困った時に周囲との関係を遮断して、自分の殻に閉じこもることのないようにしましょうね。

こと庭に関しての困りごとなら、あなたには幸運にもぼくがいますので、いつでも連絡してください。


そうそう「腸内フローラ」が健康の源だって言いますけど、あれはつまり、様々な腸内細菌が百花繚乱状態にあることを指しているわけです。
やっぱりそう。
自然界のシステムは、ぼくらの生命維持装置にも組み込まれています。


腸内ガーデニングには次の3つを心がけてください。

1、野菜とキノコと海藻類を食べる
草花(善玉菌)の肥料になります。

2、いろいろな発酵食品を食べる
花(腸内細菌)の種類を増やします。

3、肉類を控えめにする
タンバク質や脂肪が多いと雑草(悪玉菌)が増えてしまいます。

腸を整えればセロトニンやオキシトシンが出やすくなるし、メラトニンが出て熟睡できるし、思考はポジティブに、意欲は満々に、愛情が満ちて、希望に溢れて、おまけにダイエットなどぜずとも体重は適正に調整されますよ。
腸内の花畑を百花繚乱にして、絶好腸で行きましょう!

ちなみに、健康な人の善玉菌・悪玉菌・日和見菌(普段はどっちつかずで、動乱が起きた時には優勢な方に加勢する)の割合は2:1:7だそうです。
この割合って、何となくぼくらの実社会にも当てはまる気がして・・・・面白いですよね。





今日は「レノンの庭」にいます。






 

ガーデンセラピー 131

『受け入れる』

もしも植物が、今ある土壌や日当たりや風通しなどへ不満たらたらだったら立ち枯れてしまいます。



殻を破って飛び立つ瞬間、
彼らはどれほど希望に胸ときめかせ
感動しながら羽ばたいたことでしょう。
交尾のために与えられた時間はわずか7日間。
盛大に降る蝉時雨を浴びながら
そんなことを思いました。
DSC07916



いったん受け入れなければ成長は望めない。



DSC07906



条件が満たされていない現状の中で、いかにして根を伸ばし葉を茂らせるのか、その工夫と頑張りなしには花は咲きません。



DSC07913



不足にこそ成長の可能性がある、それに気づいた者だけに花咲く日々がやってきます。





ぐじぐじぐじぐじ言いながら、足踏みを続けて枯れてゆく人のなんと多いことでしょう。
もったいないですよね、せっかくの人生なのに。

庭はその典型でして、ぐじぐじ言う人の庭は何を植えようが、どんなにレンガを並べようが、何年経ってもぐじぐじのまま。
決して足踏みせぬように、口を閉じて、庭と足並みをそろえて、良好な循環と成長を続けましょう。



いつも思うんですけど、
パラリンピックをもっと取り上げて欲しいんですよね。

遺跡の研究によって、
縄文人たちが
生まれつき足が不自由だった女性に
食料を運び続けていたことが判明しました
(ちなみに、その女性の死因は糖尿病だったそうです)。
猿もそういう行動をするし、
お互いにハンデを補い合うことは
(ハンデのない人などいないわけですし)
霊長類の特徴なのです。
建前っぽく「オリンピック・パラリンピック」
と並列するのではなく、
猿としてのごく普通のこととして、
泣き笑いしながら彼らを応援し、楽しみ、興奮し、
オリンピックや甲子園と同じ感動を得たいなあと思うのですが。
 
不足を受け入れて成長を続け、
見事に花開いたスーパーヒューマンたち。





今日は「レノンの庭」にいます。
 






 

ガーデンセラピー 130

『スピードを上げる』

意欲がわかない状態で何かをしていると、成果が上がらないまま時間が過ぎてゆきます。



小雨の日、
「金沢文庫店」に子すずめが飛び込んできました。
触るとぼくの汚れた人間臭が付いてしまうと思い
放っておいたら、
1時間ほどピーピーとにぎやかに鳴きながら
好奇心いっぱいにあちこちを散策。
その後迎えにきた親スズメの声に気づいて
外へと飛んで行きました。
なんの動物でも、
子どもの無邪気な声っていいもんですね。
DSC07181



そこから抜け出す有効な手段として、アクセルを踏み込むという方法があります。



DSC07186



つまらないことでも速度を上げると楽しくなってくる。



DSC07184



スピードアップするほどに集中力が増していって、ゲーム感覚に入ってしまえばこっちのもの。



DSC07188



雑草取りや水やりクリアし達成感が得られたら、よっしゃ、次は流し台の食器をやっつけよう!という意欲がみなぎりますよ。





設計のプロセスにはいくつかの退屈な作業があり、そこでアクセルを踏むことを身につけてからは格段に時間のロスが減りました。
つまらないと感じたら駆け抜ける、やってみてください。





今日は「レノンの庭」にいます。





 
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