家族の庭のつくり方 4

シーンを思い浮かべる

どこに何を植えるか、どんなレンガを使うか、デッキや花壇や通路をどう配置するかと考える前に、その庭で展開させたいシーンを思い浮かべてください。



和泉さんちの庭はいつもにぎやか。

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あなたがその庭の脚本家であり、監督であり、主役です。



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物語を紡ぐように仕立てた庭は、感動的に展開します。


 ガーデンデザインは映画の予告編。ご自分を主役に据えて、満ち足りた近未来を想像してください。その舞台となる庭が、花いっぱいで、笑顔が溢れる夢の世界になりますように。






 

家族の庭のつくり方 3

理想の庭をイメージする

あなたにとって、これ以上ない最高の庭とはどのようなものでしょう。 



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理想の庭を思い描くことは、理想の人生を思い描くこと。



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After 3

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「そんなの無理に決まってる」という思考を捨てて、あなたの夢にブレーキをかけるべく、脳内に次々浮かぶ制約も捨て去って、クタクラするほど幸せな庭をイメージしてください。
それができた時に、不思議なことが起こります。


 ぼくにとってイメージすることは、仕事なので、日常的な思考作業です。だから日々「イメージできたらできたも同然」と呟き、現状という未完のカンヴァスに向かいます。絵の具はお客様の笑顔で、描く世界は10年後だったり、20年後だったり。正確に言うと、10年間だったり、20年間だったり。
 あのお、失礼ながらあと何年ほど生きるご予定ですか?という質問から設計をスタートすることもあります。その不躾は、どうかご容赦あれ。





 

港南台にワイキキの風

 駅前通りの両サイドにツツジが咲くと、毎年不思議な感覚にはまります。論理的理由付けを抜きにして、ワイキキ郊外をドライブしているような錯覚が広がってくるのです。ツツジの新鮮な発色が南国を思わせるのか、はたまたこの時期の、爽やかな空気と光がそう思わせるのか。



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 記憶のどこかに、そんな場面が印画されているのでしょう。そのページのありかは不明ながら、いくつかの条件が揃うとハワイへワープする、このウキウキする感じを、今年もひとりニヤニヤしながら楽しみました。



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 ピンクパレスから海沿いの道をダイヤモンドヘッド方向へ。左にホノルル動物園、右にはワイキキ水族館。どちらもスルーして、山の麓で左折し住宅街へ。リゾートフルな平屋のエクステリアと庭を見学しながら、ゆったりと、行き当たりばったりに庭散策のドライブが続く。写真は撮らない。いちいち停車しシャッターを切っていたらきりがないし、カメラに納めずとも記憶できるほど、実にアメリカっぽい街並みだったから、あえて。アメリカ人にとっての庭は、芝生とハンモックとバーベキューなのだ。



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 右手に山を見ている限り目的地を見失うことはない。 ダイアモンドヘッドを反時計回りに迂回してカハラ・アベニューへ。さらに進んでカラニアナオレ・ハイウェイに入り、20分ほどで目的地のハナウマ・ベイ自然保護区へ到着。管理棟でレクチャーを受けてから、不自然なほど保護されたラグーンでのシュノーケリングを楽しんだ。自然とは、人がそこそこ気遣いをするだけでこれほどの楽園になるのかと、驚愕と感動のひと時。いやはや、魚と珊瑚と風景の、あまりの美しさにひれ伏したのでありました。



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 駅前通りの両サイドにツツジが咲くと、毎年このような記憶をリピート再生できるのです。ツツジとハワイ、摩訶不思議なるミスマッチ。そのズレから生じるメモリーに、脳内に漂うコパトーンと砂浜の香りが相まって、今日の設計の糧となる。こうして仕上げた図面から、ワイキキビーチの風よ吹け。日本的リゾートフルな庭を描き続けて30年、思えば、心地よい仕事を得たものだ。


  




 

家族の庭のつくり方 2

過ごし方をイメージする

庭は単に植物を育てる場所ではありません。



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眺める庭から過ごす庭へ。



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植物を楽しむことも、子どもや犬と遊ぶことも、食事をし、語らい、本を読むことも、そこに主人公のあなたがいてこそ庭は庭劇場になるのです。室内では感じられない、自然を浴びる感覚を取り戻しましょう。


 庭でのごく普通の営みとして、日常的にバーベキューや食事を楽しむ。どうやら日本人は、そういうイメージを持つことが苦手になっているようです。昭和初期まで、縁側で秋刀魚を焼いたり茶飲み話に花が咲いていたのに、今では建蔽率でやむなく付いてきた余剰地としてしか、庭をとらえなくなってしまいました。どこで何を間違ってしまったのか。戦後復興からの猛烈な経済成長のスピードに、庭は起きざられてしまったのかもしれません。ルネッサ〜ンス!





 

家族の庭のつくり方 1

カーテンを開けて過ごす

何の木を植えても、どんなにたくさん花を咲かせても、デッキや通路や花壇を仕立てても、カーテンが閉まったままでは庭は暮らしの外へと追いやられてしまいます。



石井邸 

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カーテンを開け放つことから、庭のある暮らしが始まる。



門馬邸

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 家と庭で家庭です。


 カーテンを開けて暮らせるように、庭がわに適切な目隠しを施すことが、庭づくりにおいて何よりも大切なことであると思っています。つまり第1回で、すでに結論めいたことをお伝えするわけです。この前提に立たない限り、庭が庭として機能することは困難で、逆に言えばいつもカーテンを開けておくことから、素晴らしい庭のある暮らしが始まるのです。住宅地を歩いて観察してみてください。地域によらず、9割以上のお宅がカーテンを開けられない仕立てのままで、庭は雑草取りや芝刈りを行うだけの、ご主人方の修行の場になっていることに気が付くことでしょう。






 

家族の庭のつくり方 Introduction

Introduction

庭は不思議な場所です。そこにある暮らしが幸せなものなら庭は幸せに満ちていて、そうでない場合には庭も意気消沈しています。
元気な人の庭は元気な庭、やさしい人の庭はやさしい庭、夢を追う人の庭は夢にあふれ、頑張っている人の庭からは、エネルギッシュな息吹が感じられます。

庭は人を映し出す。 



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重要なことは、その関係性が合わせ鏡のようになっていて、人が庭に投影されるのと同時に庭も人に映り込むというところにあります。

荒れた庭は暮らしを荒らし、幸せな庭は暮らしを幸せへと導く。

庭を元気にすると人が元気に、やさしい庭を仕立てると人の気持ちがやさしくなります。夢のある庭が夢追い人を育て、苦境から立ち上がる決意で整えた庭はその人を支え応援してくれます。



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もしも庭をお持ちなら、そこがあなたの幸せな人生に役立つ場所にしておいてください。いつか庭をとお考えなら、「庭は幸せのためにある場所」と捉えておいてください。



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これから「家族の庭のつくり方」として並べてゆく100の項目は、ないならないで何ともない庭空間を、人生に欠かせない、なくてはならない場所にするためのポイントです。



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 歴史上、庭は様々な価値を持って存在してきました。そして今、今後、庭が持つ最大の価値は「幸せを育む」ということだと確信しています。




海の底に行きたいんだ
ひっそりとしたタコの庭に
彼はぼくを招き入れてくれるだろう
その静かなタコの庭に
友達を誘って見に来てもらおうと思う
ぼくがいるタコの庭を

 海の底に行きたいんだ
 ひっそりとしたタコの庭に

上の世界は嵐でも 海の底はあったか 
海底にある小さな隠れ家の庭
 海藻のベッドが心地いい
洞窟近くのタコの庭
歌っても踊っても見つかりっこない

  海の底に行きたいんだ
ひっそりとしたタコの庭に

はしゃいでサンゴの間を泳ぎ回るんだ
ああ 男も女も大騒ぎ
楽しくて 安全で みんなが幸せいっぱい
きみとぼくもね
あれをしろこれをしろなんて 誰も言わないし

海の底に行きたいんだ
きみと一緒にタコの庭へ


 

ナニワイバラ

 ご近所に、見事なナニワイバラが咲いています。



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 ナニワイバラ(難波薔薇)は中国渡来の原種のバラで、関西から全国に広まったことからそう呼ばれるようになったそうです。モッコウバラと競い合うように、盛大に開花する白い大輪群が清々しく、これから始まる薔薇の季節のファンファーレみたいで、そのお宅の前を通る度に気分が晴れやかに上向きます。



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 驚くのは誘引のうまさ。旺盛に伸びるシュートを丁寧に寝かせて編むように広げています。これはバラの特性である、枝を水平にすると花数が増えるということをご存知で、このように敷地の外周全体が白い花で覆われることをイメージしながら、何年にも渡って、絵を描くが如く枝を配置してきたことで実現している風景。ダ・ヴィンチが薄絵の具で、何年もかけてモナリザの表情を重ね塗りしたことに似ています。



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 ローマはいち日にしてならず、で、美しき庭風景は完成形へと向かう日々の営み。つまり暮らし方が投影されるものなのです。ぼくが提供する庭は、その時点ではうっとりする、あるいはワクワクする完成形でありつつも、実は未完のカンヴァス。そこに笑顔が溢れる、幸福な庭のある暮らしを日々実践する、ダ・ヴィンチ役はお客様。花咲く庭でもっともっとと、百花繚乱へ向かって庭仕事を積み重ねてゆくその暮らしぶりこそが、庭を美しく仕立て上げるのであります。



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 花の数と幸せは比例する。ただしその花々はすぐに消えてゆく。このナニワイバラも半月ほどで儚く花を終えてしまい、道行く人は盛大だった風景など忘れて通り過ぎてゆく。ところがそこから、こちらの奥様にとっての素敵な時間が始まります。来年の開花へ向けて、雑草を抜き、肥料を施し、枝を引っ張って整える。花いっぱいの近未来に向かって地道な庭仕事に汗を流す、その時間の中にある人生の充実感が、ガーデニングの本質的な魅力なのです。



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 庭屋のぼくとしては、そういう心持ち、暮らし方、庭の捉え方に感動するのですよ。出来そうでできない、わかっているけどなかなか辿り着けないその世界に咲く花々が、大袈裟ではなく、日々の指針を見る思いなのです。



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 戯れに、ナニワイバラを詠んだ俳句と短歌を検索してみました。


 染まらざる 難波薔薇の心意気  演歌浪人

 垣飾る 難波薔薇の純白よ 人も汚れぬ心持ちたし  演歌浪人

 風にそう 花に酔いしれナニワイバラ  みのり

 北新地 難波薔薇を活ける店  ワシモ

 清純なナニワイバラも棘持ちて  老いてこそ勉強






 花言葉は「純粋な愛」だそうな。たまたま付いた「難波」から、関西人が持つ熱烈なる純粋さと申しましょうか、棘を持つ清純さと言いますか、そんな印象を受けるのは、鬼女房が関西人だからかもしれません。ある朝突然満開となって驚かせたかと思うと、勢いが尽きたらあっけなく、一夜にして萎れて消える、我が女房に似た白い花。ったく、関西女性はエネルギーを放出するバルブがいかれているらしく、何をやっても、いかにもバランスが悪いのですよ。しか〜し、そこに惹かれて、萎れそうな時に自分が役に立てるに違いないと思って、ついうっかり一つ屋根の下。おかげでここまで劇的で、エキサイティングな人生を過ごすことができました。純粋なナニワイバラも棘持ちて vs 風にそう花に酔いしれナニワイバラ。女房共々63となりまして、これからは、お互いに、垣飾る難波薔薇の純白よ、人も汚れぬ心持ちたし。


歳重ね 消えた何かを嘆くより
確かにあったバラの日々
確かに あの日
バラは香っていたのです



 


 

ネオテニー

 古来より、孫という存在の可愛らしさは実の子以上であると言われております。ぼく自身も孫として、祖父と祖母に猫可愛がりされた日々のことが、たぶん、一番古い幸福な記憶でした。冠婚葬祭で親類縁者が集えば、上座に据えられ、ヒデ坊は岩又(実家の屋号)の浩宮だなどという何とも照れくさいような、同時に大人は変なこと言うなあと思い、さらには俺ってどうやら特別な存在らしい・・・困ったことになりそうだ、という未来への不安めいた予感もあり、複雑な心境。田舎の長男とは、当時そんなことだったのです。



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 そういえば、母が泣いていたことがありました。祖母がぼくを独占し、自分が母親役をさせてもらえないことに腹を立てたか、悲しんだのか、そんなことだったと思います。これもまた昭和の家にはどこにでもあった家族間トラブルだったのでしょうが、ぼくは祖母を悪く言う母親が理解できなくて、嫌な気持ちになったものです。子供にとって家族は全員仲良く楽しい関係なのが当たり前で、嫁姑問題を解析する思考回路など持っていなかった。ゆえに一瞬ではありますが、そんな母の泣き顔が嫌で嫌で、でも幼児には、反発や反論などできるはずもなく、たまらず泣き出したことを思い出しました。ただただ不思議だったんですよ、家族を悪く言って泣いている母親が。まあ、別に傷になったとかいうエピソードではなく、そういう時代に孫を経験した、ということなのですが。



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 さてさて、先日お呼ばれした孫の結陽の誕生パーティー。無事に4歳となりました。姉の美空は立派にお姉ちゃん役をこなしながらも羨ましいらしく、ねえねえ、あたしの誕生日はまだ来ないの?と。可愛らしいですなあ。ふたりの成長過程を目撃すると、時々胸が苦しくなるほど嬉しく愛おしく思えるのです。



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 サクラに続いてハナミズキ、ツツジ、モッコウバラ、次々に咲く花と新緑の季節に誕生日とは、なんと幸運なことでしょう。どこに行っても木々が孫をお祝いをしてくれているようで、ジイジくんとしては、その祝福にいちいちお礼を言いながらシャッターを切る数日間でした。



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 ふたりとも健やかに、伸びやかに成長中。好奇心がいっぱいで、人が大好きで、みんなが仲良しでいることを普通に思い、起きている間中ギャハハと笑ったり駆け回ったり。そして電池が切れると突然熟睡する。理想の人間像ですなあ。人は元来こういう性物であり、ネオテニー(幼生成熟)、子供の頃の特徴を有したままで大人に至る生き物である、という学説があります。ぼくは悩み多き思春期に読んだその生物学の説に乗っかって、堂々と少年的なままで老人に至っている次第。それが良かったのかどうかわかりませんけど、無理に大人らしく振る舞うことをしなかったことで、こうして少年的な庭を設計できていることは確かなのであります。



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 とにかく、みんな仲良く。とこに夫婦仲は良好であることがごくごく普通であり、家族円満を維持することが人として当たり前なのである、ということを、来世か今世か、もう一度夫婦を築く機会があれば、いち日も怠ることなくそのことを念じて暮らしたいなあと、反省を込めてそう思っています。



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 性根が腐った犯罪者であれ、大きな不幸を生み出す政治家であれ、頑張っても頑張っても上手く生きられずにもがいている人であれ、もしも幼い頃に円満家庭があったならそんなことにはならなかった、と断言できるほど、家庭不和の中で育つことの過酷さは人を歪にしてしまう。幼年期に負った歪さ、コンプレックスがネオテニーとなってしまったら、そこから派生する不幸は人類を滅ぼすほど甚大なものとなってしまいます。つまりですね、夫婦喧嘩など愚の骨頂。お互いに不満はあるでしょうけど、せめて子供の前では慎むことが肝要なり。昔、夫婦喧嘩の真っ最中に訪問したお宅のご主人が、そんな気配を察知して、ニヤッと笑って言いました。「喧嘩するなんてのは、知性の欠如ですよ」。いやはや、優しくさらっと言ってくれたのに、強烈に残るお言葉でした。



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 お恥ずかしい。その後知性を探し続けているんですが、これがなかなか手に入らない。高島屋にも買いに行ったんですよ、知性売り場はどこでしょうって。しかしいっくら本を読んでも、庭で月光瞑想をしても、女房のたった一言で気持ちがグシャグシャに破壊されてしまう情けなさよ。と、そんな自分の目の前で展開された娘夫婦の賢さたるや。ふたりとも子供の前で、見事に賢いんだよなあ。家庭円満を実現する知性的な夫婦像。おいおいお婆さんや、遅ればせながら、子供たちを見習おうじゃないか。もうそうそう長くは生きていられないんだし、理想のジジババ、おてて繋いでダンスを踊る、チャーミーグリーンをイメージしてみるのが、ぼくら夫婦の、最後の共同作業なのかもしれないよ。



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 孫の存在は、己が存在理由を際立たせてくれるものなり。結陽くん、美空くん、ありがとね。




  


 

桜散る

 桜が始まってから、連日の早朝散歩が楽しみになっています。夜明けが早くなり、6時前には朝日が入る遊歩道をカメラ担いでひと巡り。朝の光は格別に花を際立たせるのです。



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 この時分にいつも思うこと。人は開花に歓声を上げるのに、風景の何割かが桜色になる頃には感動が薄れるようで、公園や里山で満開となっている桜を、足を止めて見上げることもなく早足気味で歩いてゆく。それが、何となくですけど、偉人、有名人が亡くなった時に似ている気がして。



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 永六輔を、ぼくは脳内コントロールを駆使して、今もあの頃のままで生きている人に仕立て上げています。いつも身近に数冊の著作を置き、YouTubeで週に何度かは、名物番組であった土曜ワイドラジオ東京のアーカイブを流しながら、仕事をしたり家事をしたり。



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 永さん曰く「人は二度死ぬ。一度目は生物的な死で、二度目は人々の記憶からその人が消えた時」。だからぼくは、亡くなった永さんに二度目を生きてもうために、全くもって個人的な、そんな思いで永六輔を延命させ続けているのです。父と同じ昭和8年生まれの、放送作家であり、作詞家であり、芸能や地方に埋もれている些細な文化を掘り起こす旅人、永六輔。あのユーモラスでありながら芯がブレない語り口が大好きで、永さんのような人が、世の中には、っていうかぼくには必要なんだよなあという尊敬の念が強いものですから。



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 早朝のテレビで届いた坂本龍一の訃報。永六輔と同様に、我が人生から消すわけにいかない人ですから、即座に悲しみやお悔やみをすっ飛ばして、二度目の命を我が脳内にキープすべくマインドゲーム開始。桜の花を教授に見立ててシャッターを切り続けました。今回の一度目の死に関しては思いはひとつで、見事な人生であり散会であったと、年少のぼくからだとふさわしくない賛辞ながら、天晴れであったと、素晴らしき音楽家であり思想家だった教授にアンコールの拍手です。



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 キース・ジャレット、レッド・ガーランドと共に、設計時に繰り返し流してきた名曲の数々から、一番耳に馴染んで呼吸音のようになっている『 -Energy Flow 』を、一度目のレクイエムとして。報道によれば、どうやら亡くなる直前までペースを乱すことなく仕事を続けたらしく、きっとそういういち日が人生の全てであるという境地だったのではないかと思います。故に悔いとか、悲しさとか、そんなことを通り越して、その日の仕事に幸せを感じて旅立ったのであろうと思っている次第。とにかく仕事を愛している人でしたから、きっとそうですよ。永さんもそうだったし。ぼくのそのようにありたいし。 


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 散る桜、残る桜も散る桜。









  

花の革命・愛ある庭

 ロングロングタイムアゴー、かつてこの地上はティラノサウルスなどの肉食恐竜を頂点とする爬虫類の楽園でした。その風景に生えていた、シダやイチョウやメタセコイアなどの裸子植物は草食恐竜の食糧で、恐竜が繁栄するにつれて食い荒らされ、とうとう絶滅の危機に。その危機は食べる側にも及ぶわけで、恐竜たちは飢えに喘ぎ、植物を求めて北へ北へと移動します。折り悪く泣きっ面に蜂で、氷河期が到来。さらには巨大隕石が落ちて、ついにほとんどの恐竜は地上から消えてしまいました。



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 一方植物たちはしぶとかった。散々食い荒らされることに耐えながら生存の道を探ります。耐えて凌いでいるうちに、奇跡の如き大革命が起こりました。それまで恐竜から一方的に虐げられてきた植物は、恐竜とは対極にある小さな小さな生き物、昆虫と手を組んだのです。花と蜜と香りで虫を魅了し受粉する被子植物へと進化を遂げました。さらには同盟を組んだ昆虫以外の動物から食べられないために、アルカロイド、ニコチン、コカイン、カフェイン、カプサイシンなどの毒を身に蓄えることまでも。



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 地上の覇者は恐竜から植物になりました。すると今度は植物同士で競争、レストラン同士の集客合戦が勃発します。お隣さんと咲く時期をずらし、お客様の好みに応じて色形を変え、蜜の味や花の香りも個性的にすることで爆発的に多様な花が生まれました。これで地球は酸素を供給する豊かな緑に覆われ、花咲き乱れ、哺乳類、魚類、爬虫類、昆虫、植物、微生物まで含めてたくさんの生物が調和し共存できる、まさしく生命の楽園になったのです。



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 こうして完成形となった奇跡の星、イーハトーブ。そのままだったら良かったのに、何と何と、500万年前に哺乳類の中からとんでもない猿が幅を利かせ始めます。あの傍若無人な恐竜ですら1億6千万年もの長きに渡って繁栄を続けました。さて、このタチの悪い猿族の運命やいかに。悪猿は滅びを前にして、かつて植物が行ったような革命的変化を起こせるか否か。それは小型化か、翼を生やすことか、昆虫と手を組むか、あるいはSF的に他の星への移住を果たすか。しかし何べん考えてもそんなことは無理っぽい。



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 ひとつだけ可能性があるとすればですよ、それは家族仲良く愛情を育みながら生きること。神様はそういう生き物が好きなのです。花も虫も小動物も、観察すればわかりますけど愛情に溢れ、愛情に基づいて闘い、愛情を育みながら生きている。悪猿だけにその資質が薄い。もうひとつ大事なことは、一億年の生存などを望むより、今日いち日を美しく過ごすことに集中する。悪猿以外の全員がそうしているように。悪猿の中には知恵者もおりまして、二千五百年ほど前に生きていた老子という猿は、「あらゆることの正解は自然の中にある」と言い残しています。無理矢理に我田引水と言う勿れ。やはり庭ですよ、庭。自然を感じながら、愛ある暮らしを送る場所が庭なのです。


 さてさて悪猿の運命やいかに。悟空みたいに、道すがらで三蔵法師に出会えれば良いのですが。





 マグノリア(コブシ 、モクレンなどの総称)は1億5千万年前に起こったその恐竜と植物の攻防戦によって出現し、ジュラ期から白亜紀に入ったあたりで広く地上に分布した花とのこと。それから現在に至るまでほとんど姿を変えずに代を繋いできたわけですから、この花の色形、香り、木の性質には神々しいレベルの正しさ、美しさがあると、毎年毎年そんなことを思いながら見上げて、息を整えシャッターを切っています。


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 ハスの花を大日々如来とするならば、マグノリアの姿は菩薩様、さしずめ観音菩薩でありましょうか。では、お手手の皺と皺を合わせて、弘法大師空海が唐より持ち帰ったガンダーラの真言を唱えましょう。オン・ア〜ビラ・ウンケン・ソ〜ワ〜カ〜〜〜。
 

反省猿・家族の庭

 前回の『ナチュラルな闘争・夜の庭』に補足します。庭を疎ましく思いカーテンを閉め切って暮らすことは病の初期症状である、というような書き方をしました。あ、いや、撤回するわけではなく言葉足らずだったかなあと。もしかしたら不快に思われた方もいたのではと、帰宅し庭で時を過ごしながら、ふとね、そう思ったものですから。



桜咲く。

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一昔前は、桜とはソメイヨシノのことでした。
コロナが去り、人々の感覚が広角レンズとなったのか、
今年はいろいろな桜のことが話題になっています。
ビートルズ解散後に次のビートルズを探し続けた70年代に似て。
サイモン&ガーファンクル、カーペンターズ、ロッド・スチュワート、
ミッシェル・ポルナレフ、ビリー・ジョエル。
結果は時代に君臨する唯一のアイドルではなく、地球人は多様な音楽を手に入れました。
日本では原田真二、喜納昌吉、高田渡、はっぴーえんど・・・。
抑圧の果てに起こる爆発は多様性に落ち着く。
桜は400種類もあるそうで、それがこれまではさほど話題に上らなかった。
花は世に連れ世は花に連れ、時の流れはいとをかし。



 カーテンを開けることなく暮らしている人たちのほとんどは、すいませんでした、直接的に病などではありません。ただカーテンを開けて屋外を感じながら暮らすことの心地よさをまだご存知ないか、知っていても庭に目隠しを施す手間を上回るだけの、庭という場所の魅力をお持ちではないのでしょう。驚くことに、と言うか、残念ながらと申しましょうか、日本には、今日の庭を有意義にイメージするのに役立つような種類の庭文化がなかったわけですから、さもありなん、それはやむを得ないことなのです。故に、カーテン閉め切り族の皆様におかれましては、どうかお気を悪くなさいませんように。いやはや、ぼくの直情傾向はしばしば極端で優しくない言い方をしてしまいます。反省猿で御座候。



ジュウガツザクラ

ジュウガツザクラ



 うちに来てくださるお客様の半数近くが、海外赴任経験をお持ちか、カジュアルに海外旅行を楽しんで来られた人たちです。アメリカ、中国、中東、オーストラリア、南米、ヨーロッパ、アフリカなど、各国の庭事情と、そこで経験した幸福な庭時間のことをお聞きするのが楽しくて、また大きな学びにもなっています。例えばオーストラリアでは、客人はリビングではなく庭に招く。アフリカ人はいい風が吹く場所に家を建てて庭を楽しむ。ガーデニングの本場イギリスは、実は気候が厳しく花を楽しめる期間がとても短い。だから反動で、チェルシーフラワーショーに歓喜するのだ、とか。



カワヅザクラ

カワズザクラ



 日本と同じほどの大きさであるドイツでは、庭関係の市場規模が日本の倍以上だそうです。多くの家に納屋があり、DIYと庭仕事はごく普通な暮らしのお作法のようなもので、土づくりや植物への農家レベルの知識は誰でも持っている(昭和初期までの日本人がそうだったように)とのこと。庭は健康な草花に囲まれて住人が食事をし、家事をし、友人を招いてティータイムを楽しむ場所。スペインではパティオ(中庭)が暮らしの中心にあり、シエスタ(昼寝・長い昼休み)を楽しむことが当たり前。路地の壁と窓際にはプランターの花が咲き誇って、街角の井戸端が地域住民共有の庭として機能している。アメリカ人は広い芝生でバーベキューができなければ庭ではないと思っているし、フランスの郊外では家と庭との境が曖昧なほど庭は暮らしの場所して使われている。各国それぞれに庶民レベルでの庭文化が存在しているのです。



サンバガワザクラ

サンバガワザクラ



 はてさて我が国ではどうでしょう。何も外国がああだからこうだから、真似をしなきゃということではありません。日本には日本の庭文化はあったわけで、縁側、畑、軒遊び、ええっと、ええっと、盆栽、鶏を飼う。洗濯物を干す。ん〜〜〜他に何かありましたっけか。やっぱり真似した方が良さそうですね、お得だし、楽しいし。日本の庭文化は平安時代の発祥から明治・大正あたりまで、お公家さんと武士とお坊さんの世界にのみ伝承され、庶民には縁遠いものでした。江戸時代にいくらか園芸趣味が流行ったものの、人々がイメージする庭はお寺や大名庭園のことであり、庶民の暮らしには無縁の場所。やがて西洋建築が入ってきて、洋館に似合う庭が求められます。芝生、池、花壇など。しかしその時点でも寺社仏閣の庭様式を切り取り自宅に再現するというのがせいぜいでして、そういう庭(文士の庭、雑木の庭、茶庭・坪庭など)を所有し池の鯉に餌を投げることが、豪商、政治家、文化人、成功者のステースになりました。ぼく自身、製糸工場で成功した祖父ご自慢の坪庭を眺める縁側で育ったので、50年前にはまだ庭は男社会のものであり、『家族の庭』というような概念は世の中に存在していなかったという実感があります。



オカメザクラ

オカメザクラ



 そのような日本の庭の現状に疑問を持った、当時30歳のぼくが、いかにして・・・。ここからは長編、大河ドラマになってしまうので、切れ切れに別の機会でということにします。とにかく日本には戸建て住宅での庭文化は育ってこなかった。だから憧れの庭付き一戸建てを手に入れた人たちが、引っ越しをし、庭スペースを前に呆然と立ち尽くすのは当然のこと。 誰だって同じで、とりあえずカーテンを閉めてから暮らしを始めるのはごくごく普通のことなのです。しか〜し、その後に待ち受けている家族にのしかかってくる課題の数々、子育てやら介護やら更年期やら。その課題を苦難ではなく幸福なる暮らしの営みにできるかどうか、という分かれ道。いち早くカーテンを開けて暮らせるように庭を整えるか、あるいは「なんでカーテン開けなきゃいけないの?人工芝敷いたから雑草は生えないし、庭に出てご飯を食べることなんてないし、夜庭で過ごすことなど絶対にあり得ないし」となってしまうのか。



オバコザクラ

オバコザクラ



 庭は建坪率の都合で発生する余剰の地面ではありません。その地面の上にある空中に、家族のための庭空間を生み出してください。どうすればいいのかは、昔と違ってインターネットでいくらでも海外の素晴らしい庭を観察できますから、じっくりと、しっかりと、家を建てる時の真剣さで勉強してください。その空間を、幸福な人生に欠かせない重要な外の部屋にまでイメージすることができたら、カーテンを閉めて過ごすことに嫌気がさすことでしょう。庭を含めた理想の住環境が整えば、カーテンなんぞはあってもなくてもいいような、その程度のものなのですから。



ミヤビザクラ

ミヤビザクラ



 毎朝テレビから報告される、狂った者が引き起こす嫌な事件、悲惨な事故と災害、紛争等々にうんざりしてきた数十年。数十年そうだったんだから今後も変わることなく続くのでしょう。事故と災害と紛争は避けようがないことながら、狂気だけは自分で防御も制御もできること。そしてもっと大事なのは子供を健やかに育て上げること。プーチン大統領は幼少期に父からの激しい暴力を受けて、思考が「強くなることが生きる意味である」という方向一本槍に固まってしまった人であるそうな。殴りかかってくる大嫌いな父を超えるために柔道を習い、国一番の強者となるためにKGBを目指し、素手で簡単に人を殺せる優秀なスパイとなった彼はエリツィン政権に参加。エリツィン引退時に指名されついに大統領になります。



ケイオウザクラ

ケイオウザクラ



 その後もさらに強くなるために、尊敬するスターリンに倣って侵略をし、目障りな部下を平然と粛清し、国内外の人々の幸福を破壊し続けながら、哀れなことに自らは幸福な家庭を手に入れることができなかった。世界的な権力者として君臨している今でも手に入れていない。それは何故だと思います?お金も権力も有り余っているのに何ででしょう。不遇な少年だった彼は円満家庭に憧れたに違いないのですが、そこを目指したことがなかったからです。なぜあれほど有能な人の思考が幸福な家庭実現に向かわなかったのか。体感した経験がないから。知識ではなく体感したことがない世界を想像することは困難なもの。だから笑顔が溢れる家族の庭など到底イメージできない。イメージできないものは実現しない。きっとそういうことなのでしょう。



ソメイヨシノ

ソメイヨシノ



 ロシアvsウクライナは重大にして複雑な国際紛争でありながら、インターネットとNHKのプーチン関連番組で過去を辿ってみれば、とっても単純で些細な事柄に起因していることがわかります。レーニンも、スターリンも、当時ソビエトの敵国であったドイツの宰相アドルフ・ヒットラーも、全員が幸せからは程遠い過酷な家庭環境で育った。習近平もそう。ご存じ北の3代目も。つまりは家庭円満こそが世界平和の前提なのであります。家庭円満、まあるく幸せが満ちる家と庭。お若いご夫婦たちに祈るような気持ちでお伝えしたい。この先いろいろあるかもしれないけど、何が起ころうともとにかく夫婦仲良く、健やかに子育てをして、笑顔が溢れる庭のある暮らしを実現させてください。いやほんとに、世界平和のためにも。



ヤエザクラ

ヤエザクラ



 さあてと、世界を語っている場合ではなく、目の前に積み上がっている設計を、一つ一つ丁寧に、想いを込めて仕上げてまいります。首を長くしている皆様、今しばらく伸ばしっぱなしでご辛抱&ご容赦ご容赦。必ずお役に立てる庭空間を出現させますので。



13歳、中一のある日、夕方から深夜までラジオをつけっぱなしで油絵を描いていました。
驚いたことに、その数時間でこの曲が6回流れたことを覚えています。
衝撃的なヒット曲だったんですよね。


 
 
英語ですらおぼつかないぼくには、フランス語は100%意味不明。
今は便利に、パソコンから訳詞を引っ張ってこれるのでありがたし。


ホリデイ ああホリデイ
空から降りてゆくのは飛行機
その翼の影が
ひとつの街を通り過ぎる
地面はなんて下の方にあるんだろう
ホリデイ

ホリデイ ああホリデイ
教会や公団住宅
彼らが敬愛する神様は何をしている?
宇宙にいる神は
地面はなんて下の方にあるんだろう
ホリデイ

ホリデイ ああホリデイ
飛行機の影は海をとらえる
海面はまるで
砂漠の前兆のようだ
海はなんて下の方にあるんだろう
ホリデイ


見た目だけでなく、澄んだ高音とロマンティークなメロディーと、
わかるようなわからないような歌詞も、
井上陽水と酷似していますよね。
40年の時を超え、ポルナレフ・陽水いとをかし。



 
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