2021年08月

ポーが鳴る

この土日は明らかに何かが違っていました。自粛し続けている相談会の開催中のように、切れ間なく相談のお客様が来られて、ぼくは庭を語り続け、相談者の目から鱗を落とし続けて夕方には心地いい喉の疲労を感じるほどでした。今朝は出勤時に、ワクチン接種を始めた眼科医院に数百人の行列ができていて、並んでいる人たちの表情に悲壮感はゼロで、逆に前向きな姿勢の共感で場は爽やかな雰囲気です。それと学校が始まったようで、コンビニは中高生で大賑わい。いいぞいいぞ、レジリエンスだ。こうやって湧き上がるような回復力によって気持ちも暮らしも復興を遂げるのだ。



散歩道は夏の終わりのハーモニー。
今年の秋はいつもの秋より長くなりそうなそんな気がして。
長く味わい深い秋になりそうな気がして。

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多分、ですけど、長かったトンネルの先に明かりが見えたような。あとはそれに向かって突っ走れ。あ、出口の事故も多いので、くれぐれも安全運転で。国境の長いトンネルを抜けると、そこは楽園であった。ここまで来ればあと少し、あと少し。マスク・手洗い励行し、楽園に相応しい庭を仕立てておくタイミングですぞ。



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え、まだ早い?いやいやそんなことないですよ。大事なことは意識の在り方。注意すべきは注意して、首都のピークアウトがお気に召さない者たちが、カンカンカンと打ち鳴らす警鐘は、のどかな田園に響く遠くの汽笛と受け流し、健やかな気持ちで今日いち日を丁寧に、花咲く明日を思い描いて過ごしましょう。


子供の頃、裏庭から田んぼを5枚ほど挟んだ向こうに只見線が走っていて、
C11が、魚野川の鉄橋を渡る前に汽笛を鳴らします。
毎朝7時半にそれが聞こえて、
すると母が「ポーが鳴ったぞ〜起きろ〜学校遅れるぞ〜」と。

 





 

二重構造

デュアルってイメージしたことありますでしょうか。複層的、二重構造、相対の、一対の、という意味で、その概念をさまざまなことに当てはめることで、多くの悩みや課題が解決します。などと言うとバブル期以降に大流行りした自己啓発やスピリチュアル系の話のようですけど、そうです。デュアルの活用は引き寄せや波動の法則と同じ、非科学的でありながらも実証はできる、プラセボ(偽薬効果)のようなもので、怪しいからといって全否定するには惜しい、されどそっちに行きすぎると怪我をする世界。もしも興味があればしばしお付き合いくださいませ。



記憶の中で咲く花は枯れることがない。
ことに夏休みの終わりに咲いていた花は。

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例えば庭です。そこを視覚的に捉えると、荒れていれば嫌な場所だし、雑草が生えていれば厄介な場所。だから目を背けてカーテンを閉じ、存在しない場所と解釈して庭の荒廃は進むばかり。でもその裏側にデュアルなもうひとつの庭があるとしたらどうでしょう。視覚的ではなく感覚的で精神的な庭空間です。そこが荒れていたら整えます。なぜなら感覚的にして精神的な庭が荒れていることはお肌が荒れている、服装が荒れている、暮らしのリズムが荒れているのと同じことで、気が滅入るし、放っておいたら実生活上で損が生じる。だから気合一発!即座に整え作業に着手するはずなのです。そして気分爽快に日常が過ぎてゆく。これがデュアルに捉える効用です。何事にも同時に存在するもうひとつのそれが存在する。コロナコロナで不安が続く世界の裏に、表裏一体で存在するもう一層の時空がある。そこは世相や降り注ぐ情報の豪雨に影響されない世界で、そこにいるときのあなたはあなた本来の、不安も不満もない、疲れを知らない子供のように溌剌としている。その幸福なる裏側の世界と、苦悩に満ちた表層の日常世界を行き来することでバランスが整い、人生を健康に、豊かな気持ちで進んでいけるのです。曰く「鰯の頭も信心から」、曰く「信じる者は救われる」、違和感なくそういう言葉を受け入れて暮らしていた昭和時代には、今よりも不便な暮らしで、今よりも貧しく、今よりも不条理な苦難が多かった。しかし今よりも人々の心は豊かで精神は正常だった。



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今朝のワイドショーで花泥棒おばちゃんの犯行映像が流されていて、いやはや、と首を振ってしまいました。道路沿いに茂っている花壇の花を盗む輩がいるってんで、住人は防犯カメラを設置し、犯行現場を押さえてその動画をテレビ局に売る。アナウンサーは「なんとひどいことを。住人が丹精した花を持ち去るなんて許せません。犯人には大いに反省してもらって、2度とこういう行為をしないでいただきたい」と正義の声を上げる。映像には花柄模様のシャツを着たおばちゃんが自転車で通りがかり、まったく悪びれることなく道路にはみ出て茂っているマリーゴルドかなんかを2本手折ってカゴに入れて去って行く。どうです、これ。ぼくはこの、正義の義憤で防犯カメラを設置した住人と、その映像を流して花柄おばちゃんを晒したテレビ局と、どちらもイケズだなあって思うんですけど。昭和の御世では「花盗人は風流の内」と言ったもの。なんでここまで気持ちがガサガサしてしまっているのか。この人たちはデュアルな世界を失っているからかもしれないなあと思いました。いいじゃないですか、盛りを過ぎて道路に溢れ出ている花を手折って持ち帰るって。だめ?だめですよね。まあぼくの頭のOSが昭和からバージョンアップされていないから、こんなふうに感じたのでしょう。あ、花柄おばちゃんもイケズですよ。なんで2本なんですか。2本というのはとても活けづらい。持っていくなら3本か5本か、奇数にしたらよかったのに。



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おっといけねえ、話を戻します。デュアルです。今現在の実生活が表で、過去の記憶も含めた精神的な世界がその裏側にある、ということ。裏表というのは適切じゃないかもしれません。どっちが表なのかは人それぞれであり、あるいはどちらも表であるというのが正解なのでしょう。そう、メビウスの輪ってあるでしょ、あれですよ、あれ。表を歩いているうちに裏になって、そのまま歩いているとまた表にいる、どっちが表でどっちが裏かわからないまま両面を往還する人は健康です。つまり、ストレスを感じる世界の裏にあるノンストレスの世界、言葉の洪水にアップアップする日々の裏にあるノンバーバル、静寂の世界。片面だけだと無理なんですよ、無理無理。どんなにタフな人でももう一面の存在を意識できないままで過ごしたら驚くほど早くに自滅します。アルコールや各種依存症、育児放棄・虐待、家庭崩壊、実例は列挙するまでもなく、連日報道されている通りです。なぜ進路変更ができなかったのか、裏側へ。毎日店からホームセンターのお客様を眺めていての実感として、コロナが始まってから弱い者から壊れていきました。昨年は高齢者の男性、女性は驚くほど強かった。今年は若い女性。若い男たちは案外タフだった。そして反面、恒常的に、世代に関係なくこの難局を切り抜けるために夫婦で手を取り合って、あるいはディスタンスを取りながら共に頑張っている姿に何度も心打たれました。夫婦って大事、家族って大事、その方々が庭の整備を聖戦の武器とするという発想でのご来店&お問い合わせが次々とあって、悔いが残るのはそれをこなしきれずにがっかりさせてしまった人たちのこと。やるだけやったけど力及ばず、申し訳ありませんでした。と、お詫びのコーナーを挟みつつ、いかにすれば日常と同時に存在するその世界へ行けるのかをお伝えします。



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デュアルな精神世界、どうすればそこへ行けるのか。裏側にあるもう一層の入り口は、そう、庭であったり、小説であったり、週末に教会へ通うことであったり、軽いお酒であったり、なんでもいいので定期的にそっち側へ行くことを意識して暮らす、これは理屈ではなく知恵。ぼくの場合はいとも簡単に庭です。庭から入っていく。毎夜毎夜の庭時間の意義はこれで、故に全相談者に「庭で過ごすことをイメージしてください」という布教を続けているわけ。これが実践できたら、庭がそういう場所になったら、絶対的に有利ですから。
 


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昭和時代には「人生楽ありゃ苦もあるさ、涙の後には虹も出る」と歌ったものです。時が来れば解決する、そのうちいい事もあるから今は耐え忍べ、というような考えですけど、このデュアルを当てはめれば違ってきます。苦があったら即座にひっくり返せば楽がある。止まない雨はないし、明けない夜はない、とも言いますが、雨降りのその最中に裏側にはカンカン照りの晴天があり、夜明けがまだ遠いミッドナイトの裏側には眩しい朝日が存在する、ということになります。脳みそなんぞは案外単純な臓器で、発想の転換とかちょっとした刺激、音楽や好物の味や本の1行の刺激でパラダイムシフト。なあんて、言ってる自分が言うほど器用ではないので、いつもいつもこの手法が功を奏するわけではないにしろ、こんな考え方があるのだということを記憶しておいて、決して損はないと思います。



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人は一瞬で地獄から天国へ行ける。間違いない。例えばこの曲のイントロが流れただけで、ぼくの単純頭はオートマチックに幸せな世界へワープします。好きなんですよねこの曲と、この曲を聴いていた頃の自分と、その時に夢中だった人との記憶が。とうに消えた時間でもそこには確かにあった。限られた自分の時間を、何もそんなに周囲から前へ前へと急かされる必要などない。かつてその感動や陶酔はあったんだから、その事実は今起こっているつまらないことよりもはるかに価値があるし、生きている限りいつでもそこに行くことが出来る。それがデュアルな世界の素晴らしさなのであります。デュアル、今もあなたの裏側かどこかに絶好調で幸福に満ちているあなたがいる。ガンダーラ、ガンダーラ、そこへ行けばどんな夢も叶うそうな。





人は一瞬で恋に落ちる。何度でもそれができるんですよね、素直になって、つまらないわだかまりを捨てれば。それを望む限り、同じ人に。
その簡単にして偉大なことができないままで終わる人の、なんと多いことか。
何度も何度も、見慣れた庭に新鮮な花を咲かせる人の素晴らしさたるや。美しさたるや。
不信感だらけの若夫婦、色褪せてしまった中年夫婦、愚痴合戦が習慣化している老夫婦、仲良くやんなさいって、せっかく出会った最愛の相棒なんだから。
庭ですよ庭、花咲く庭があれば大丈夫。
あ、余計なお世話でスイマセン。実のところ、これが仕事なもんですから。


 

 

どっちが前?

生命の起源は30億年前の水中に発生したシアノバクテリアというアオミドロのような珪藻類、それらが酸素発生型の光合成を始めたことによって地球上に酸素ができ、他の生物が出現する素地となりました。アオミドロはやがて海苔になりワカメへと進化します。それが海岸に打ち上げられて根を張り、シダやソテツになり、針葉樹やイチョウなどの裸子植物の森となり、恐竜との抗争を経て昆虫と同盟を結んだ者が被子植物になり、現在の植物群へと代を繋いできました。海中時代に動物系の生物も現れます。最初はアメーバで、それがミジンコに、貝に、魚になります。ヒレが足化した魚が陸へ上がって蛙になり、陸へ陸へと進出してトカゲやネズミやゴキブリになり、ネズミがリス、サル、ヒトと進化して現在に至る。長い長い時間をかけて、生物は変化し続け現在の複雑な生態系となったわけです。
さて、植物系と動物系の違いは何でしょう。それは体に前と後ろがあること。基本的に自ら移動をしない植物系は重力と太陽光に従って上下に、移動しながら暮らす動物系は前後に臓器の機能を配置することで生き延びてきました。



移動しながら生息する生物の体は、前進するようにできている。

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では動物系の最高峰に位置するあなた、どっちが前でしょうか。顔がある方が前です。目と口がある、つまり食料を見つけて食べる方が前で、それを排出する方が後ろ。であるからにして、動物系として生存するには前方に意識を向け続けることが必要で、それは単に食料を得るだけでなく、よりよく暮らせる環境や同種を見極めそっちに向かって進む、前方にワクワクしながら美味しそうな食事と楽しい時間と恋や感動を探す、つまり前向きに生きるとはそういうことなのです。



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サーフィンでも自転車に乗るのでも同じで、進行方向に顔を向けるのがコツ。すると全身が前進するための体勢に整う。転んだら嫌だなあと、不安定な足元を見つめている限り乗りこなすことはできない。行きたい方向を見つめることから始めなければ、自転車に乗る便利さや快感すら得ることができませんよね。
では本題に入ります。で、あるからにして、あなたがどんな庭を望んでいるのかをお教えください。それに向かって全力で設計いたしますので、と、大概はそこでやり取りが止まってしまいます。つまり庭に関して前方を見ている人はとても少なくて、向いていたとしても、どの距離のどの地点に焦点を合わせたらいいのかが不明なため、何となくぼや〜っと、花やレンガやデッキが見えている状態。で、次なる段階として「ぼくと一緒に、あなたの理想の庭をイメージしてみましょう」と、そのプロセスが実は最も大切な仕事。行きたい場所が不明なままで出発したら、それは当て所ない放浪の旅ですから、行き着いた庭は間違いなく、あなたに何の便利さも快楽も生み出しません。



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というようなことを何百回話したことか。だめ?この話。いつも期待するほどの反応はなく、あるいは何百回では少なすぎるから何千回か話す気合が必要なのかもしれません。いずれにしてもこれを言い続けることがわが仕事なり。前向きにならないと、庭はストレスしか生み出さないシアノバクテリア以前の強酸性水の海のまま。生きてるうちに、せめて生物形成の試行錯誤が行われたカンブリア紀にまで進化できれば、次の世代が陸地に這い上がって、花咲く庭で笑顔が溢れる時を楽しむようになることでしょう。



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前向きに、前向きに。それはバブル期からこっち、やたらめったら言われた『ポジティブであること』とは違います。逆に何らかの試練で思考がネガティブな防御体勢に入った時こそ、視線をしっかりと前方に向けなければならない。サルが木から降りて、森から草原へと歩き出した理由は、かつて楽園だった豊かな森に異常気象や流行り病や、何らかの環境の変化によって争いが起こり、惨めに弾き出された家族が生き延びるために取った、必死の、決死の、最後の選択だったのです。歩いて、歩いて、とにかく歩いて移動をしなければ死んでしまう。一説にはそうやって食料や安全な場所を探すうちに直立歩行が身について、そのおかげで(なのか、そのせいでなのか)脳が肥大化し、高等な頭脳を獲得したのだとも言われています。



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どっちが前ですか?顔を上げて、視線を理想の暮らし、理想の人生へと向けておきましょう。
余談ですが、後退するときにも前進しているかのように、前向きに。てなことをぶつくさ考えながら、テラスでムーンウォークの練習をしていたら右足の甲の関節がおかしなことになりまして、パンパンに腫れてしまってトホホノホ。お医者に経緯を話したところ「おふざけはほどほどに」と言われて意気消沈。おふざけだなんて・・・サルから進化を遂げたヒトとして真面目に、真剣にやってたんですけどねえ。前向きに、前向きに、後退する時も前向きに。治ったらトレーニングを再開しまっせ。







 

夏再び

早々に退却した梅雨前線がゾンビ化しての集中豪雨も過ぎ去って、オリンピックも過ぎ去って、夏が戻ってきました。ここから2週間ほどで、朝起きたら「おやまあ、風が秋になった」となって、夜の庭ではマツムシがにぎやかに鳴く。それが過ぎ去れば実りの秋で、それが過ぎ去れば秋冬のバラ。それが過ぎ去れば春爛漫。その頃にはコロナも過ぎ去っているといいですね。それより大事なことは早々に自分が過ぎ去らないこと。次の季節をイメージながら、今の季節を味わい尽くして過ごしましょう。どうぞご安全に。



夏には夏を感じることが肝要なり。

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しっかりと夏を実感しておくほどに、
秋が深く染み込んでくるのです。

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次の季節に意識を向けて、足元を見つめる。

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未来を思い描きながら、今日を咲く。

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元気はつらつ夏の花。

 

本日の設計 BGM はこれ。
昨夜庭で見つけて、今日のために取っときました。
いやあ〜この感じが無条件に楽しいお年頃。
おじさま、おばさま、どうぞご一緒に。



 


 

庭の書斎




庭の書斎で過ごす日常。帰宅するとすぐに庭へ出て蚊取り線香をポキッと5センチほどに折って着火。室内に戻って、待ちわびている犬と猫とトロピカルフィッシュにおやつをあげて、着替えをし、再び庭へ行き、洗濯物を取り込んだり芝生の水やりをしてからまた室内に。冷蔵庫からビールを取り出し、パソコンと読みかけの本を携えて庭へ。365日ほぼこの行動の繰り返しで、その後に夕飯を挟んで至福の庭時間が始まるのです。

蚊はいないんですか?暑くないんですか?冬もですか?この質問にはあまりに繰り返し同じ答えを返しているので、すでに会話ではなく呼吸の一回に過ぎなくなっていて、だからでしょうか、返事を受け取った相手の反応は薄い。へえ〜変わってんだこの人、なのか、私には無縁の世界だ、なのか、その真意もまた呼吸の一回で吐き出され千の風と消えてゆく。

線状降水帯なる新たな気象警告用語、いきなり有用な、声に出したい日本語となりました。それと引き換えに梅雨や夕立の情緒が消えてゆく。何事も入れ替わりながら消えてゆく。それにしてもこの被害は、気候変動に関する数値を見ればまだほんの序の口であるのだから恐ろしい。もう危険地帯に家を構えることは、暮らしの根幹を「運を天に任せる」こととなってしまう。だからどうすればいいのか、だったらどうしたらいいのか。慎重に、正当に危険を予知すれば、およそ日本中の住居が危険地帯にあるわけで、それは日本中の人が一人残らずコロナに感染する危険性の中で暮らしているのと同じこと。結局は運を天に任せつつ、用心深く生活するしかないのです。

ところで、地球の総水分量は人類がまだ猿以前の、ネズミ以前の、トカゲ以前の、カンブリア紀に海中で蠢いていた三つ目のシーラカンスか色鮮やかなナマコか、そういう姿だった時からほんの少しも変わっていないそうです。限られた水分が海から蒸発して雲になって、雨になって、地下水や川の流れになってまた海への繰り返しで、一滴も宇宙空間に散らばることなく循環している。循環しながら一部が植物を成長させ、動物の血液やオシッコになり、それがまた浄化されて循環が続く。奇跡とはこのことだ。

何億年も変わることなく続いてきたその雄大な循環に比して、さて我々の思考のいかに弱っちいことか。ぼくは庭で過ごすことが習慣化していなかった頃、繰り返しそう思ったものです。それがこの頃では、カンブリアの海にいた三つ目のシーラカンスも、その時点では弱っちく怯えたり、クヨクヨしたりしていたに違いない。恐怖や後悔、その弱さが適応につながって、進化しながら今現在生息中であるヒトやゴキブリへと命を繋いできたのであると。

弱いから怯え、弱いから身を寄せ合い、弱いから知恵が出て、弱いから生きるのに懸命になる。造物主はそういうタチの生き物によって生態系システムを完成させている。だから種には団結と知恵と、そして愛情があるのでしょう。サピエンスは団結と、知恵と、愛情によって、その弱々生物の長に君臨した。ただしその地位は儚いもので、自然界からのちょっとしたお仕置きでボロボロに傷つき、団結が弱まり、知恵が出なくなる。このままでは、ついには愛情が失われるかもしれない。戦争がそうだったように。

祈りの季節、やや強めに義務感を課すやり方で自分をコントロールして、できるだけ多くの戦争に関する番組を録画し、睡眠時間を減らしながら消化してゆくここ数日。やれやれ、なんでこんな苦行を始めてしまったのか。最初ははっとするが、その後はひたすらに気が滅入るばかりで、気が滅入っているのに、戦争を知らない子どもたちがもっと戦争を知らない子どもや孫に語り継ぐことなど、誰が好き好んでそんなことを・・・無理でしょ、と思ってしまう体たらく。

そして目が冴えて、庭に出る。すぐに気持ちが落ち着いてきて、つまりヒトが人間じゃなくなると、どこにも悪者がいない状態で全員が悪者になってしまうのだ、と一応の決着がついて、さて、では、どうすれば。運を天に任せて慎重に、集団狂気に感染せぬように暮らすしかないのだと。団結しながらひとりの自分を大切に、見失うことなく暮らすのだ、と。だから庭で過ごす時間が必要なのであると思いながら、日の出がずいぶんと遅くなった庭の書斎でこれを書きながら、猫と二人で朝を待つのでありました。

朝がくれば、また店へ行き、人と会い、話すことで心の光合成が促進されて、感動のいち日に仕上がってゆくに違いない。それは得意技。そして夜になったらまた庭に出て、蚊取り線香に着火して、ひとりの自分の命の蝋燭にも着火して、まずは静かに、やがてメラメラと眩しい燃焼が始まるまで時を過ごすのです。あ、録画しといた戦争系はもういいかな。それよりもチコちゃんに叱られながら今日を大切に、慎重に、丁寧に、運を天に任せつつ。

庭ですよ庭、これからますます庭が威力を発揮しっます。っていうかそうなってほしい。あなた自身と、あなたの家庭と世界の平和が、少しでも、せめてあなたの命が燃え尽きるまで続くために。それができれば任務は完了です。


夜明け前の庭に、律儀に付き合ってくれるミーなのです。
ちなみにペットボトルは猫避けではなく、
水槽用のカルキ抜き中。

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高速道路沿いの家を借りようと思う。そこで毎朝弁当を詰めて仕事に出かけ、夕暮れ時には帰り着き、ささやかな庭でささやかな時を過ごしてから身体を横たえる。朝日が差し込んできたら起きて、また同じことを重ねる。
アーメン。もう一度、アーメン。

何が変わってしまったのか。愛がもたらす何かを心待ちにしていたのは、愚にもつかない夢だったのだろうか。それでも彼女は日が暮れるたびに、またもや幻想とも妄想ともつかない、ひどいアル中患者のような絵を描こうとする。
アーメン。もう一度、アーメン。

愛ある暮らしへの憧れとカネにあくせくるす現実、その狭間。唸るサイレン、響く教会の鐘、鉄くず屋ががフェンダーを叩き潰す音がこだまする世界で、信号待ちのわずかな間に退役軍人が見る、かつてさまよった戦場の甘美な悪夢。小銭を握りしめてアイスクリーム売りが来るのを虚ろ顔でじっと待つ子どもたち。そんな街をしたり顔で歩くぼくのポケットには、もうアイスを買う小銭も、夢も希望も、愛のかけらも入っていないことは明らかだ。
恋人たちの笑い声が夜を駆け抜けてゆく。ゾンビの巣窟か、ステージ駆け上がり調子に乗って裸で踊り出す、醜悪なオヤジどもが入れられた精神科病棟のような、あるいは空爆されたシリアの虚しい風景みたいな街から、そんなの知ったこっちゃねえと勢いよく、二人の夢を満載にした船は彼方へと出帆してゆく。

きっと、必ず、素敵な娘を見つけよう。笑うことの意味を教えてくれるその人と、互いに欠けた色を補いながら一緒に夢の塗り絵をするんだ。夢中になって何が何色かわからなくなったらサングラスをかけて愛し合う。やがて二人に朝日が差し込んで来て、祈りを捧げる。繰り返し、繰り返し。

再び幸せな愚か者になろうと思う。相変わらずカネにあくせくしながらも、溢れる広告が躍起なって「幸せはいかがでしょう」と、「今ならお買い得」と弱った魂に狙いを定めて来るこの街で、極楽とんぼとなって。

神様、主よそこにおわすなら、あの日、夢と希望を満載にして旅立ち、やがて難破しうらぶれた港町に流れ着いた者に祝福を。大真面目にフリから始めようと試みる者にお導きの光を。さまよい膝を折り地べたに突っ伏した末に、もう一度だけ、全力でその気になることで立ち上がろうとしている者に。 


緊張の夏→金鳥の夏

めでためでたの若松様よ、枝も栄えて葉もしげる。いやあ〜めでたいめでたい、昨晩庭にて季節のページがめくれる音を聞き、今日は空気が一気に秋の気配となりました。こうなると贅沢なもので、蚊取り線香に着火しつつ「あの吹き出す汗の快感よもう一度」などと思ったり、いやいや心配しなくてもしっかり残暑がやって来るざんしょ、とは昭和親父お決まりのフレーズなり。



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ここからが情緒を味わう夏の庭の醍醐味。感染者数急増で緊張の夏?それは灼熱だったからでありまして、風が変われば気も変わる。帰郷を控えた賢者たちに晩夏の庭が心地よく作用して、どうか昭和的なる金鳥の夏、日本の夏を賜りますようにと、夏バテ知らずで共に真夏の峠を越えた犬たちと芝生で戯れながら、どうかひとつ、どうかひとつと小松政夫風の口調でアマテラスに祈念しております。



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振り返れば春らしい春と、梅雨らしい梅雨と、とても夏らしい夏でした。感謝ですよ、本当に感謝です。人の都合や思惑なんぞと関係なく、季節は堂々と巡っている。であれば人も威風堂々と、季節に置いて行かれぬように進みましょうぞ。蝉の声はジャージャー・ミンミンからホーシーツクツクにバトンが渡り、次なる走者は、奏者は、マツムシとカネタタキ。あと10日ほどでしょうか。



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誰が仕組んだのか、お盆の真ん中が玉音放送の日なんですよね。晩夏の庭で挽歌を流してもの思う、毎年のお作法となったその日の前に、今宵はまず、行く夏をじっくりと味わい過ごします。暑かった、熱かった2021年の夏を。なんだかんだ言って毎日全力で頑張ったし、とりあえずハッピーエンドに「いい夏だった」と記憶しておくためにも。








 

今朝の庭時間

今朝は夜明け前から、庭の書斎で過ごしました。祭りの後って言うんですかね、子どもみたいに妙な興奮の名残りで早々と目が覚めて、二度寝するよりも、雨上がりの庭で今朝の気持ちを記憶に印画しておこうと思った次第。風は生暖かく、湿度が高く、しかしそれが快適です。久しぶりに大量の水を得た植物たちが、パワー全開で上へ上へと伸びをしています。



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オリンピックの中盤辺りから、庭の相談でのご来店が立て続きまして、まるで相談会の様相。これだよこれこれ、人は元気によって元気になる。元気な選手に、元気な植物に、元気な犬たちと猫と魚に、いつも元気に接してくれる孫たちに、庭をきっかけにして元気を倍増させようというお客様に、スカイフックで引っ張り上げられて元気な次元に横移動する。



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さてさて毎度のことで仕事は遅れっぱなし、待たせっぱなしで申し訳なし。 でもね、元気です。ひとつひとつを丁寧に、次の暮らしのお役に立てる庭世界を思い描きます。



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ありきたりにも程がある言葉ですけど、頑張りましょうね、明日に向かって。多くの人にとって、今がジャンプのタイミング。


スカパラ良かったですね。でも今朝の気分はこれ。
ありきたりにも程があるけど、前へ、前へ、前へ。






 

お爺さんの責任

オリンピックもあと数日。さんざん懸念されていた酷暑での開催ということもどうやら乗り切れそうで、マラソンの日は小雨混じりの曇天という予報。アマテラスの差配はそういうことであるか、ならばこの調子でゴーゴー!トリート〜ン♪ ゴーゴー!トリート〜ン♪ ゴーゴーゴーゴーゴー!トリート〜〜〜ン♪ あ、この頃庭で夜風を楽しみながら、古代ギリシャの神々を信仰していた人々へ思いを馳せているもので、海の神ポセイドンからトリトンへと脱線してしまいました。そもそもポセイドンとはネプチューンとも呼ばれる海洋神にして全知全能なる最高神ゼウスの兄弟で・・・オリンポス十二神は、日本の古事記に登場する神々よりもさらに生々しい家庭の事情やら家事問題が山積で、暑い時には不似合いだし長くなるのでこの辺にしときます。



首タオルで汗を拭き拭き、木陰へ木陰へと足が向く。
 寅さんでそんな場面がありましたよね、リリーさんの回だったか。
日陰の涼を感じられる、それも庭の大事な要素だなあ、などと、
灼熱の夏で設計に新たな感覚が備わったような。

 
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古代ギリシャ文明での神事が現代に復活した世界的大イベントは、感動感動また感動。そんな日々の中、さてぼくの仕事は誰かに感動を提供できているだろうかと、これはオリンピックに関係なく常に思っていることで、自己評価は合格点。何せそれが不合格だと仕事が成立しないし暮らしも、さらに人生も成立しないわけですから合格点で当たり前なんですけどね。多分に自己満足であろうことは気にしない気にしない。自分で満足できない仕事で感動などという高等感情トルネードが巻き起こるはずはなく、自分が自分に100%感動した時にやっと数%が相手に届くのだ、ということを10代から美術系の奮闘にて繰り返し繰り返し確認してきたので、そう思うとここ数日世界中のサピエンスを感動させている彼ら彼女らのバックグラウンドに、いったいどれだけの自己満足の感動の山が積み上がっているのだろうかと気が遠くなる思い。ある者はやり切りました、ある者は悔しいです、ある者は楽しみました。メダルとか、結果とは無関係に本人だけにしか実感できない暗闇で、永遠とも思えたであろう訓練を積み重ねて、時勢に苦悩し、繰り返し繰り返し己れを鼓舞し続けながら、こんちくしょーの繰り返しだったはず。その長い長い時間で熟成された生命力のほとばしりを、たまたまテレビで観てはキャッチしていることの後ろめたさと有難さよ。



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そんなことを思う中、いやあ〜出ましたねえ〜今世紀最大の老醜。ご覧になりました?マスク外して気味悪い顔でメダルを噛んだお爺さん。あまりにエグい映像なもので報道もそこそこですけど、気をつけましょうね、ご同輩。老たるは及ばざるが如しを自覚して、昭和の感覚ではしゃぐとろくなことにならない。お爺さんは庭へ芝刈りに、せっせと自分の感動を目指して地道に静かに、決してお若い方々のお邪魔にならぬよう、身だしなみ及び加齢臭にも気をつけて、ジェントルに過ごしましょうね。カウントダウンを自覚してから大事なことは「晩節を汚すことなかれ」ですぞ。いやはやそれにしても・・・ついこないだも問題起こしといて厚顔で逃げ切ったし、どう思ってるんでしょうね地元の支援者・支持者たちは。あれはあまりに酷すぎる。



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昔話にはよく良いお爺さんと悪い爺さんが登場して、結末は同じで悪いお爺さんがコテンパンになる。つまり昔々あるところにはすでに困ったお爺さんがたくさんいたわけです。幸いにして我が身内で天寿を全うしたお爺さんたちは全員が、最後の最後まで見事に美しく生きてくれました。その姿がどれほど自分を含めた親族たちの心の支えとなっていることか。もうすぐお盆ですから、お礼と、今度は自分の番ですのできっちりやります、という誓いを告げに行こうと思います。



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では今日も今日とて、感動の庭を思い描いて過ごします。ジェントルに。


久々の新曲発売の報を受けてYouTube をテックしていたら、驚愕。
いつの間にやらジャクソン・ブラウンがとてもいい感じのお爺さんになっていました。
驚愕したのは見た目ではなく、その歌声と表現力。
何も変わっていない。
そもそもひとりの短い一生で、そんなに変わる必要はないし、
変わらないことの偉大さがあるのだと知りました。
見事なり、ブラウン翁。


 

 

カエル好きの夏

灼熱のオリンピックも後半戦となりまして、いやあ連日感動したり感心したりの満漢全席で、もったいなくも食い切れずに食材廃棄となりがちな状態です。そんな中にあって有り難き箸休めが女子ボクシング初の金、カエル大好き入江聖奈ちゃん。優勝直後に次のオリンピックを問われ、カエル好きだけにケロリと「ボクシングはここまでにして、カエル関係で就職したいです」と引退表明。お見事!このお嬢さん、いい具合に育ってますねえ。



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さてさてぼくも負けずにケロリと庭遊び。忙中無理やり閑をつくって半日を庭仕事&ポンポンベットでゴージャスなる風を集めて日光浴。おお、これぞ壺中天あり極楽蜻蛉。犬たちは散歩に行っても、朝夕であっても暑くてへろっちゃうもので、お盆が過ぎて、クラゲが出る頃までは庭遊びがメインイベントです。



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思えばこの夏は、とても夏らしい絵に描いたような夏。コロナさえなければ多くの子供たちの記憶に残る夏休みとなっていたことでしょう。だから大人の皆様、あれこれと注意しつつですけどできる限り夏を夏っぽく楽しみましょうね。スイカ、素麺、ガリガリ君、(庭で)バーベキュー、水やり、収穫、草いきれ、線香花火・・・



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またもや以前に庭をやらせていただいたお客様がご来店、「庭をやっといて本当によかったです」と、保冷剤入りの甘味と共にお礼の言葉を届けてくださいました。ありがたい、本当にありがたいお言葉です。そのありがたさを噛み締めて、スコールのような雨ニモマケズ、夏ノ暑サニオマケヌ丈夫ナカラダヲモチ、 今日も今日とて設計作業に熱中症でがんばります。



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カエルチャンピオン入江ちゃん、絶対に、何があっても幸せになるタイプですよね。どこかあいみょんぽい表情も、ただの天然ではない味わいがあって素敵なお嬢だなあ。二十歳かあ・・・素晴らしいですよ、ご両親。きっと夏休みに田んぼに連れて行って、カエルの卵を捕獲して孵化の観察をしたんでしょうね。
ということでいつもならあいみょんでスタートのところ、カエル好きにはショパンのノクターンかなと、唐突に(なんでやねん!聴けばわかるさ。聴いてるうちに全身がリラックスしてきて、夕暮れの田園とアマガエルの合唱に変化してゆくのです)。ノクターン、夜想曲。江ノ島から吹き込む夜風を楽しみに、設計設計また設計。







 

灼熱の設計作業

あ〜じ〜。店が掘建て小屋なもんで、屋根が灼熱であっつあつに焼けてエアコンかけても33度で散々なことに。こんな日は逆に現場で肌を焼きながら、測量作業でもして大汗かいた方が体にいい。とは言ってもスケジュール的には設計設計また設計なため、時々気が遠くなるのを堪えつつ、あるいは気が遠くなってうとうとと気絶しながら過ごしています。今こうして書いているのも眠気覚ましでありまして、さて、こんな時にこそ音楽だと、YouTubeにて涼しくなる楽曲を探しまして、見つけたのがこれ。ただし涼しくなるのではなく、眼には眼を、暑さには汗が噴き出すダンス音楽の逆療法。





そうそう、今日は孫の美空のランスルー。迫り来る松山バレエ団の発表会の通し稽古だそうで青山に行っています。今朝のLINEで娘から「寝られなかった。これから出かける」と。返した言葉が「お母さんが緊張してどうする。大丈夫、美空には先代勘三郎と同じく素晴らしい華がある。今はやらかすくらいがいいんだよ。プレッシャーをかけずに天然で楽しむようにしてやってちょ」と 。かえす刀で「確かに、やらかすくらいが美空らしいね」だって。がんばれチビバレリーナ。



今朝の朝散歩。
真夏には花も夏色のナンシーなり。

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さて、ではお爺さんも気を取り直して、設計設計また設計。孫に負けずに天然で楽しむことにいたします。その前に最高の気付薬、ガリガリ君でも食ってくるかな。
ああ、夜の庭時間が待ち遠しい。江ノ島から届く涼風とキンキンビールに、コルトレーンをマリアージュ。




 
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