一昨日JAG(日本ガーデンデザイナーズ協会)の理事会に初出席、日本の庭業界のトップを走る方たちにお会いできることに心弾ませながら、会場がある世田谷区の大原に向かいました。いつものことでやたらと早く到着(癖なんです)、これもいつものことで時間まで界隈を散策しました。どこに行っても歩き回るという習慣がいつから、なぜ始まったのか全く覚えてませんが、そのつど必ず何かしら発見があったり、歩きながらの思考から仕事上、生活上の新たな課題や目標や、ギャグのネタが浮かんだりして、それが楽しくて習慣化しています。で、今回京王線代田橋付近の路地を歩き回るうち、何とも言えない暗い気分に襲われていることに気が付いて「これは何なのだろう」とあれこれ思考したことをつらつらと。
東京から横浜の港南台に居を移して5年、すっかり生活感は横浜色です。毎日いい風を感じながら、健康でいい感じの人々との関わりで日々が過ぎて行きます。それが普通になっている“ 横浜マインド ”のままで第3京浜を経由して世田谷に入ったとたん、自分の中で混乱が生じます。東京に仕事に行くときはいつもこの混乱からのスタートです。どういう混乱かと言いますと、まずは横浜と東京の“環境”の違い、そしてそのことによって次々とよみがえってくる東京での嫌な思い出、それが襲いかかってくるのです。とは言っても東京暮らしが嫌な思い出ばかりだったと言うわけではありません。ですから東京時代の嫌な思い出と言うより、それも含めた過去の嫌な記憶や感触や空気感みたいなものをいっぺんに引っ張り出させる“負のスイッチ”みたいなもの、が東京の風景・環境にはある、そう言った方がいいかもしれません。そう感じるのが私だけではなく、妻も、都心に通うお客さまも同じ感じを持っているようなので、であれば、東京は負のマインド、負のエネルギーが渦巻き、路地に負の枯れ葉が吹きだまっている、そういう恐ろしい場所で、どんなに心身共に健康な人でもその渦に巻き込まれたら最後、体調は崩れ、精神的にも病んで行ってしまうという『魔の都市』という解釈も出来ます。恐ろしいのは、東京で暮らしているときは、そんなこと何も感じなかったということです。たまたま脱出して横浜で暮らしてみて、外から東京を見てそう感じることができるのです。今横浜にいて東京時代の自分や家族を振り返ると、それほど過酷で劣悪な環境で暮らしているのだと意識することなしに、負のハリケーンに耐え、翻弄され続けて生きていた、そんな感じがします。ニューヨーク市長だったジュリアーノさんが提唱して大きな成果を上げたという“ 破れ窓理論 ”、昨日のギャルサー最終回でカーボーイが渋谷を去る時にギャルたちに言った言葉(見てない方には?ですが)、そろそろ積極的に都市環境について考えるべき時期にきている、というかいい加減に何とかしないといけないのではと考えています。私は政治家や役人ではありませんが“風景職人”です。都市の風景や環境に付いて「うちはうまいこと横浜に脱出できたからいいや」で終わらせるべきではないということを自分に課すために、『風景・環境・人』というカテゴリーを増やしました。同業の風景職人諸氏、一緒に考えてみませんか。
そんなことを考えながら歩き回っている時に撮った、京王線代田橋駅界隈の風景です。










東京から横浜の港南台に居を移して5年、すっかり生活感は横浜色です。毎日いい風を感じながら、健康でいい感じの人々との関わりで日々が過ぎて行きます。それが普通になっている“ 横浜マインド ”のままで第3京浜を経由して世田谷に入ったとたん、自分の中で混乱が生じます。東京に仕事に行くときはいつもこの混乱からのスタートです。どういう混乱かと言いますと、まずは横浜と東京の“環境”の違い、そしてそのことによって次々とよみがえってくる東京での嫌な思い出、それが襲いかかってくるのです。とは言っても東京暮らしが嫌な思い出ばかりだったと言うわけではありません。ですから東京時代の嫌な思い出と言うより、それも含めた過去の嫌な記憶や感触や空気感みたいなものをいっぺんに引っ張り出させる“負のスイッチ”みたいなもの、が東京の風景・環境にはある、そう言った方がいいかもしれません。そう感じるのが私だけではなく、妻も、都心に通うお客さまも同じ感じを持っているようなので、であれば、東京は負のマインド、負のエネルギーが渦巻き、路地に負の枯れ葉が吹きだまっている、そういう恐ろしい場所で、どんなに心身共に健康な人でもその渦に巻き込まれたら最後、体調は崩れ、精神的にも病んで行ってしまうという『魔の都市』という解釈も出来ます。恐ろしいのは、東京で暮らしているときは、そんなこと何も感じなかったということです。たまたま脱出して横浜で暮らしてみて、外から東京を見てそう感じることができるのです。今横浜にいて東京時代の自分や家族を振り返ると、それほど過酷で劣悪な環境で暮らしているのだと意識することなしに、負のハリケーンに耐え、翻弄され続けて生きていた、そんな感じがします。ニューヨーク市長だったジュリアーノさんが提唱して大きな成果を上げたという“ 破れ窓理論 ”、昨日のギャルサー最終回でカーボーイが渋谷を去る時にギャルたちに言った言葉(見てない方には?ですが)、そろそろ積極的に都市環境について考えるべき時期にきている、というかいい加減に何とかしないといけないのではと考えています。私は政治家や役人ではありませんが“風景職人”です。都市の風景や環境に付いて「うちはうまいこと横浜に脱出できたからいいや」で終わらせるべきではないということを自分に課すために、『風景・環境・人』というカテゴリーを増やしました。同業の風景職人諸氏、一緒に考えてみませんか。
そんなことを考えながら歩き回っている時に撮った、京王線代田橋駅界隈の風景です。
















































































































































































































