前回の縁側に続いて、今日はリビング外のテラスです。さあ、ここからが父親論。いつもの癖で延々長くなりつつ話がそれて行くといけないので、まず結論から言っちゃいます。男の子の父親の心理は「生き直し」です。自分のこれまでの人生を子供に投影して、自分がもう一度やりたいことをその子にやらせ、後悔していることをその子には繰り返させない、これが父親の心の中の全てと言ってもいいのです。母親が女の子にこれと同じような感情を持つということは常識的に皆さんご存じのこと。でも父親もそうなんだというのは、奥さんが自分のお父さんからは感じ取れなかったことではないかと・・・、はい。子供とじゃれてるご亭主を見ながら「うちの父とは違う」という感じ、あるんじゃないですか。
 私たちの親世代はたぶん今とは大きくちがっていて、父親が一家の主として頑然と立つ姿を見せることで子育てしていた。育てるというより、「俺の背中を見ていれば子供は自然と育つ」という感じで、自分が家族の長であること、家族内の価値観や約束ごとを決定付ける力と立場を持っていることが父のアイデンティティだったわけです。茶の間のテレビがいちばん見やすい“父の席”には父が留守でもだれも座らなかったでしょ。それが今では・・・私が座っていないと家族がその席を奪い合って・・・。

 世代的なこの変化が教育上正しいことなのかどうかはわかりませんが、私たちの父親よりも私たちの方が肩の力が抜けていて、子供と友だち感覚な付き合い方をしている人が多い。私もそうです。それが高度経済成長のまっただ中で家族を顧みるヒマなどなかった父たちへの反動なのか、単に頑固な父を演じられない軟弱な男が多くなったのか、大人の役割をはたせない未成熟なおとなこどもなのか、まだ当事者なので・・・?です。ただ、私は子供と同士的でいることが心地よくて、クルマは「アイ・アム・ア・ファーザー」のBOXYだし、息子と共通の昆虫趣味は、(息子も一緒に)たぶん一生続くだろうと思っていますし、いつかいっしょに世界一周クワガタ獲りに行きたいと考えています。私と私の父との関係ではありえないことです。
 今時の父親の“生き直し”、欧米的であることは間違いないと思います。アフリカ的か、エスキモー的か、ポリネシア的かとなると知識が乏しくわかりませんけど、アメリカ・ヨーロッパ的です。ですから、社会のグローバル化による変化、なのか、経済的に豊かになって教育も進化したことで、コミュニケーション能力が上がったのか。要するに、昭和元禄の終焉、時代が変わったのですよ。

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 で、リビング外のテラスです。リビングルームの主人は今や父親から母親になりました。ことに子供が小さいうちはお母さんの号令に従って家族全員が行動します。えっ、そんなことないですか。「はい、早く食べてね~」「パパは先にお風呂入ってくださ~い」「子供たちはもう寝なさいよ~」でしょ。
 でもリビングから外に出れば、そこでの主人はお父さんです。これって湘南スタイル。湘南の庭は“家族が過ごす外の部屋”で、そしてそこではお父さんがスキッパー、子供と奥さんはクルー。船上ではスキッパーの判断と指示が絶対で、それは小さな漁船でも屋形船でも豪華客船でも同じ。湘南のおじさんたちが総じてカッコイイのは、その船乗りの掟が影響しているのかもしれませんね。とにかくリビングから外に出たらお父さんが舵取り役で、特にバーベキューのときの炭の扱いは「おんな子どもにまかしちゃおけねえ」とばかりにタオル頭に巻いて父親力を見せつける大事な場面ですから、家族に内緒で火熾しの練習はしといた方がいいかもしれません。男の子がいる家でお父さんがかっこ良く父権を発揮する場所、その子たちから尊敬と羨望のまなざしを受ける、今や残された唯一の場所、それがリビング外のテラスなのです。 「アイ・アム・ア・ファーザー!」



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