昨日に引き続いて、ビフォー・アフターです。
Before 4
After 4
奥様は「今までは奥半分が庭になっていたかったんですよねえ」と。
Before 5
After 5
でも前庭を楽しみまくって過ごしていたのですから、それで問題なし。
Before 6
After 6
3年楽しんで、ガーデニングに加えて「人が集って外で過ごす」ということに興味が広がって、ワクワクしながらそれをイメージした途端にこうして奥の庭が出現。
ワクワクしながらイメージすることは、魔法の杖なのです。
故郷の新潟から横浜へ、関越道上り車線。群馬県の赤城山を左手に見るあたりでは、まださっきまでの田舎にいる自分のままです。言葉も新潟弁で、体内時計も新潟時間のノ~ンビリした動きのまま。それが、クルマが埼玉県に入って風景がいつも見慣れた「日常」になったときに、かすかに胸が苦しくなるような、センチメンタルな気持ちが湧いて来ます。
田舎は時間が止まっているんですよね。子供の頃に置いてあった茶箪笥の上の人形が、数十年経った今でも同じ場所にあったり、鎮守の森の大木は夏休みのあの日のままで、その木の下で遊び回る甥っ子姪っ子たちは、そのまま幼い日の自分の姿です。その時間が止まった世界の中でたったひとつだけ、両親や近所の人たちが確実に年老いていくという変化、とっても不思議な感覚です。
その不思議な世界から都会に戻ると、そこはめまぐるしいほど変化し時間に追われる別世界。ギャップがものすごいんですよね。
そのギャップ、タイムマシンで昭和から現在へワープするのが関越自動車道の上り車線、寄居パーキングエリアあたりで「あぁ・・・」と、いろんな思いがこみ上げてきて・・・。
この話、明日に続きます。
そうそう、明日は恒例のテミヤンライブです!

そろそろ秋風が冷たくなって来ましたので、いつも熱くて絶好調、北原照久さんのトークと薪ストーブのようなあったかさを持ったテミヤンの歌声を聴いて、暖をとりましょう。
コンサート終了後のおまけ、人形の家ナイトミュージアムツアーも、毎回グッときます。
Before 4

After 4

奥様は「今までは奥半分が庭になっていたかったんですよねえ」と。
Before 5

After 5

でも前庭を楽しみまくって過ごしていたのですから、それで問題なし。
Before 6

After 6

3年楽しんで、ガーデニングに加えて「人が集って外で過ごす」ということに興味が広がって、ワクワクしながらそれをイメージした途端にこうして奥の庭が出現。
ワクワクしながらイメージすることは、魔法の杖なのです。
故郷の新潟から横浜へ、関越道上り車線。群馬県の赤城山を左手に見るあたりでは、まださっきまでの田舎にいる自分のままです。言葉も新潟弁で、体内時計も新潟時間のノ~ンビリした動きのまま。それが、クルマが埼玉県に入って風景がいつも見慣れた「日常」になったときに、かすかに胸が苦しくなるような、センチメンタルな気持ちが湧いて来ます。
田舎は時間が止まっているんですよね。子供の頃に置いてあった茶箪笥の上の人形が、数十年経った今でも同じ場所にあったり、鎮守の森の大木は夏休みのあの日のままで、その木の下で遊び回る甥っ子姪っ子たちは、そのまま幼い日の自分の姿です。その時間が止まった世界の中でたったひとつだけ、両親や近所の人たちが確実に年老いていくという変化、とっても不思議な感覚です。
その不思議な世界から都会に戻ると、そこはめまぐるしいほど変化し時間に追われる別世界。ギャップがものすごいんですよね。
そのギャップ、タイムマシンで昭和から現在へワープするのが関越自動車道の上り車線、寄居パーキングエリアあたりで「あぁ・・・」と、いろんな思いがこみ上げてきて・・・。
この話、明日に続きます。
そうそう、明日は恒例のテミヤンライブです!

そろそろ秋風が冷たくなって来ましたので、いつも熱くて絶好調、北原照久さんのトークと薪ストーブのようなあったかさを持ったテミヤンの歌声を聴いて、暖をとりましょう。
コンサート終了後のおまけ、人形の家ナイトミュージアムツアーも、毎回グッときます。








































































































































































































たぶん、港南台のお店で何度かお話させていただいた方ですよね。そうですかあ、長岡出身だったんですね。
最近は帰られたのでしょうか。稲刈りが終わった田んぼから籾殻を焼く煙が昇って、その背景には紅葉真っ盛りの越後の山並。たまに行くとその風景はこの上なく贅沢な豊かな感じがしました。
でもそこで暮らしている人たちにとっては、そろそろ雪囲いと野沢菜洗いと、雪が積もる前に大根も抜かなくてはならないし、年越しの準備もあるしで、季節にせっつかれるような気忙しい時期なんですよね。
ご両親が亡くなってからの方が「会いに行く」という感覚が強まるって、しみますねえ。
うちの親はまだまだ元気ですけど、でもずいぶんと歳を取りました。時間を置いて会うたびに嵩が減ってゆく気がして。しかし、幸いなことに笑顔の量は増えたようで、無理しない程度に家業を続けながら、毎日孫たちの面倒を見て暮らしています。ニコニコニコニコしながら。
長岡はニュータウンのあたりに新しい店が増えて、ちょっと都会っぽくなりましたが、周辺はまったくむかしのままですよね。その変わらない風景と、親兄弟や友だちや、元気に暮らしている人も、亡くなった人も、全てひっくるめて故郷なんだなあと思います。ありがたいなあって、つくづくそう思います。「会いに行く」、関越通っていつでも会いに行ける故郷があると「さあて、今日もいち日、横浜でがんばるか!」という気持が湧いて来ますよね。
もし時間があったらカテゴリアーカイブの「アフリカの月」を開いてみてください。長岡出身の清水さんという方の物語です。
またお店で声をかけてくださいね。