天野さんの奥様は、オーラや先祖の因縁といった、いわゆるスピリチアルな世界にとても興味を持っている方です。そして奥様は言います「いわふちさんはオーラが見えるでしょ」と。
ぼくはその言葉を否定しませんでした。井原さんや美輪さんのようにオーラを感じてそれを語ることはできませんけど、それに近いことはいつも感じているからです。ただそれはぼくにとってごく普通のことで、きっと誰でもそういうのを感じて暮らしているんだろうなあって思っていたので、取り立ててその能力を語ることをしなかっただけなのです。
改めてそう言われると、ウ〜ン、確かに。ぼくにはオーラが見えています。というか、見えることがあります。自分の状態によってなんですよねそれって。

というわけで、天野さんちの夜景をご覧いただきながら、ちょっとスピリチアルな話を。

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オーラの話の他に、奥様と「波動」についても盛り上がりました。
オーラは、自分自身がこれまで意識してこなかったために「そう言われればそうです」くらいの感覚ですけど、「波動」のことは常日頃考え感じていることなので、それについて書きます。これはぼく自身のまとめというか確認でもありますので、もしそっちのことに興味がある方はお付き合いください。

まずは波動の定義です。
すべての物質は原始レベルで揺れていると言います。人間の細胞もそうで、つまり、ぼくもあなたも振動の集合体だということです。

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・・・と言いつつ、入り口としてはこの話からなんですが、そこから入ってその先を科学的に解説できる知識を持ち合わせていないので、一足飛びにぼくが考える「波動」を定義することにします。「波動」とは「感じ」です。「あの人はいい感じだね」とか「この店は感じがいいね」とか、そういうときに使う「感じ」が波動です。あるいは「気」でもいい。「今日は気分がいい」、「あの人とは気が合う」の「気」です。

この「波動」のことを、ぼくはほぼ毎日、もう何年も(20年以上)意識して暮らしています。
その始まりは雑誌「ブルータス」でやっていた「波動特集」でした。身の回りのものを波動の高い低いで分類した表があって、高波動のモノにかこまれて暮らすことで、自らの波動も上がって、充実した日々が送れるというような内容でした。
例えば山の湧き水は波動が高くて水道水は低い。旬の路地野菜は波動が高くて温室ものは低い。青山通りは波動が高くて大久保通りは低い。何となくわかりますよね。単にその野菜が新鮮かどうかとか、その町並みが整っているかどうかではない何かがあって、その何かを解説するときに波動が高いとか低いという言い方をするのです。

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ぼくがこの「波動」のことを意識し続けているのには理由があります。それは、庭の設計をするときに、自分の波動の高低によって仕事の進み具合と出来映えが大きく違ってくるということに気がついているからです。
波動が高い状態では庭を描く前からすでに頭の中で完成していることがあるほど、庭へのイマジネーションが冴えていますが、波動が低い状態ですと、いくら唸って考えても線が引けなくなってしまいます。
さくさく描けて、描きつつ感動するような状態がベスト。何らかの答えを導き出すために考えるんでも、集中力を持続させるうちに、ドキドキしたりクラクラしてくることがありますが、それがいい状態です。ガッと、真正面からその庭に向き合っている時間の心地よさは、この仕事の至福の時なのです。

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波動が高いといい設計ができて、低いと仕事にならない。ほぼ毎日設計作業をしているので、毎日波動を意識し、朝起き抜けから、その日の仕事がいい具合に進むようにと自分の波動を高めるためのあれこれが始まります。

「波動」のはなし、明日に続きます。