「クルマ2台分の駐車スペース」と「過ごす庭」という組み合わせで描いた Plan A を、とても気に入っていただけました。
ところが・・・。
3月11日、地震が起きました。翌日からテレビで伝えられる津波の映像、広がり続ける被害、そして原発事故。ぼくは呆然として、ただただ涙が流れる日々が続きました。
飯高さんのご主人から連絡が入り「こんな状況なので、ちょっと庭のことは時間を置こうと思うんですが」と。
・・・ぼくもそう思いました。
今考えるべきこと、判断しなければならないことが押し寄せてきて、それまでの平静な日常とは違う日々になっていました 。知り合いの安否確認、ガソリンの確保、計画停電、被災地への支援、放射能のことなど。不安はさらに広がって、これから日本はどうなってしまうのか、仕事は、食料は、家族は。
数ヶ月が経過して世の中がいくらか落ち着いてきた頃に「庭の打合せを再開したいんですけど」という連絡をいただきました。
うれしかったです。庭に意識が行くということは、震災のショックからは立ち直っているということですからね。
直接の被災者でなくても、みんな大きくダメージを受けましたよね。
ぼくの心も揺れ続けていました。
そんな時に頂いた連絡で、救われた気持ちになりました。
「飯高さんご一家はたくましい」そう感じられたことは、同時に「うちのお客樣方は大丈夫、いち早く元気を取り戻してくれる」という確信につながって、その日から設計作業に思いっきり熱が入りました。
そうそう、震災直後から意外な現象が起こったことを書き留めておこうと思います。
世の中的には「こんな大変なときに庭どころじゃないだろう」という空気が支配的で、外構・造園業者は一様に開店休業状態でした。確かにそうですよね。庭どころじゃないですし、他の業種でも「こりゃあしばらく仕事にならないなあ」という雰囲気がありました。
でも、うちの店では地震の翌日からすでに設計依頼が入り、検討中の方から「早く庭をつくりたい」と連絡が入り、日増しにお客様の来店数が増えていきました。
ぼくは感じました。みなさん家族の時間を大切にしたいって、心底そう思ったんだなあって。だからこれまではチラチラとうちの店の写真を眺めていた人が「わが家もああいう庭にしたい!」と、急にその意欲が加速したのでしょう。
その加速は半年が過ぎても増すばかりでした。
庭は家族のための場所。
震災をきっかけにして、庭を単に植物を植える場所、眺める場所と捉える時代が終わり、庭に新たな価値を求めるようになるとすれば、それは日本人が一歩豊かさへとシフトできたということです。
日本中の庭から笑い声が聞こえてくる日が、いつかきっと。
ぼくは津波によって奪われたたくさんの命、流されたたくさんの涙に、そんな明日を約束したいです。
話を飯高さんちに戻しましょう。
庭の打合せがいったんストップしたおかげで、ご夫婦にはジックリと考える時間ができました。それがすごくよかったです。
ご覧いただいた Plan A から、細部を変更しながら B、C、D、E と設計変更していって、その度にご夫婦の満足度は上がっていきました。
ところが・・・。
3月11日、地震が起きました。翌日からテレビで伝えられる津波の映像、広がり続ける被害、そして原発事故。ぼくは呆然として、ただただ涙が流れる日々が続きました。
飯高さんのご主人から連絡が入り「こんな状況なので、ちょっと庭のことは時間を置こうと思うんですが」と。
・・・ぼくもそう思いました。
今考えるべきこと、判断しなければならないことが押し寄せてきて、それまでの平静な日常とは違う日々になっていました 。知り合いの安否確認、ガソリンの確保、計画停電、被災地への支援、放射能のことなど。不安はさらに広がって、これから日本はどうなってしまうのか、仕事は、食料は、家族は。
数ヶ月が経過して世の中がいくらか落ち着いてきた頃に「庭の打合せを再開したいんですけど」という連絡をいただきました。
うれしかったです。庭に意識が行くということは、震災のショックからは立ち直っているということですからね。
直接の被災者でなくても、みんな大きくダメージを受けましたよね。
ぼくの心も揺れ続けていました。
そんな時に頂いた連絡で、救われた気持ちになりました。
「飯高さんご一家はたくましい」そう感じられたことは、同時に「うちのお客樣方は大丈夫、いち早く元気を取り戻してくれる」という確信につながって、その日から設計作業に思いっきり熱が入りました。
そうそう、震災直後から意外な現象が起こったことを書き留めておこうと思います。
世の中的には「こんな大変なときに庭どころじゃないだろう」という空気が支配的で、外構・造園業者は一様に開店休業状態でした。確かにそうですよね。庭どころじゃないですし、他の業種でも「こりゃあしばらく仕事にならないなあ」という雰囲気がありました。
でも、うちの店では地震の翌日からすでに設計依頼が入り、検討中の方から「早く庭をつくりたい」と連絡が入り、日増しにお客様の来店数が増えていきました。
ぼくは感じました。みなさん家族の時間を大切にしたいって、心底そう思ったんだなあって。だからこれまではチラチラとうちの店の写真を眺めていた人が「わが家もああいう庭にしたい!」と、急にその意欲が加速したのでしょう。
その加速は半年が過ぎても増すばかりでした。
庭は家族のための場所。
震災をきっかけにして、庭を単に植物を植える場所、眺める場所と捉える時代が終わり、庭に新たな価値を求めるようになるとすれば、それは日本人が一歩豊かさへとシフトできたということです。
日本中の庭から笑い声が聞こえてくる日が、いつかきっと。
ぼくは津波によって奪われたたくさんの命、流されたたくさんの涙に、そんな明日を約束したいです。
話を飯高さんちに戻しましょう。
庭の打合せがいったんストップしたおかげで、ご夫婦にはジックリと考える時間ができました。それがすごくよかったです。
ご覧いただいた Plan A から、細部を変更しながら B、C、D、E と設計変更していって、その度にご夫婦の満足度は上がっていきました。
Plan B
Plan C
Plan D
Plan E
Plan D を右側から3分割します。
Plan C
Plan D
Plan E
Plan D を右側から3分割します。
明日はビフォー・アフターをご覧いただきます。
温かい秋晴れは今日までで、明日からはグッと冷え込むようです。
昨年の今頃はどうだったかというと、まだ猛暑が続いていました。あれは異常でしたよね。夏の間暑すぎて飛べなかった蚊が、10月に入ってようやく活発になって、11月まで蚊取り線香を焚いていましたからね。
今年は例年通りに、そろそろ蚊は少なくなっています。
温かい秋晴れは今日までで、明日からはグッと冷え込むようです。
昨年の今頃はどうだったかというと、まだ猛暑が続いていました。あれは異常でしたよね。夏の間暑すぎて飛べなかった蚊が、10月に入ってようやく活発になって、11月まで蚊取り線香を焚いていましたからね。
今年は例年通りに、そろそろ蚊は少なくなっています。