草花をご覧いただきながら、徒然なるままに。



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年を取ると涙もろくなるということがあります。妻もぼくも、ともに50を過ぎて、実感していることです。リビングにティッシュの箱が欠かせなくなっています。



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涙もろくなるというのは、ドラマや本などの刺激を受けたときに、勝手に開いてしまう記憶の引き出しが増えたということ。

悲しい思い出、辛い思い出、それだけじゃなく奇跡のように楽しく幸福に満ちていた時間の記憶の引き出しがパンパンになっていて、ちょっとした弾みでその中身が引き出しごと飛び出してきます。



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気付いたんですけど、涙腺が崩壊するのは悲しい思い出よりも楽しい思い出なんですよね。
悲しく辛い記憶の引き出しが開くと、瞬間的に「こんちくしょう」という、その記憶をはね除けようとする感情が吹き出して、パッと引き出しを押し戻して閉めてしまうか、引き出しの中身を取り出して、それに火をつけて燃料にします。だから涙にはなりません。

負の記憶に点火して、それを燃焼させてエネルギーにする人が、負けん気が強い人、負けじ魂で頑張る人です。
ぼくはというと、パッと閉めるタイプ。天性の根性なしですからね。たいがい負の引き出しは押し戻して、何事のまかったことにしてしまおうと努力します。
それでもしつこく何度も開く引き出しの中身は、取り出して焼却処分します。



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ふとしたときに涙があふれる、その涙を押し出すのは、幸せな記憶です。

悲劇を観て泣くのも、自分が幸せな記憶に支えられながら幸せなフィールドにいるからこそ。今の幸せを心からありがたいなあと思い涙があふれる。
悲劇の中にいる人が悲劇を観たとき、もしその人に生命エネルギーが健全に存在していたら、「こんちくしょう」と思うに違いありません。そう思いながらそれをはね除けようとするときに、人は奥歯をグッを噛み締めて口角を上げます。いい顔です。そして立ち上がります。
震災で、そういう顔にたくさん出会いましたよね。



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年齢を重ねるほどに、たくさんの記憶の引き出しがいっぱいになる。
悲しい引き出しは、封印するか、時々中身を出して燃やす。
楽しい引き出しは・・・これは心の財産です。何かにぶち当たったときに、その衝撃を和らげてくれます。そう、心の緩衝材なのです。
だから、悲しいドラマを観て感情が高ぶり混乱したときに、楽しかった記憶が押し出す涙によって頭がクールダウンされます。もしもそこで涙が出ないと、負の引き出しが次々開いて、気持ちがどん底まで落ち込んで真っ暗になってしまいますからね。
つまりこういうことです。

楽しい思い出、幸福な時間の記憶が多い人ほど涙もろくなり、その涙によっていろんな衝撃に耐えられるようになる。

子どもたちに楽しい思い出をたくさんつくってあげることは、単に思い出づくりなのではなくて、その子の幸福の引き出しをパンパンにしておくことで、将来の「衝撃に耐えるための涙」を蓄えさせることなのです。



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何で急にこんなことを書いたのかというと、ある出来事があったから。
「新横浜ゲソ天そば事件」、それはまた明日。