カメラを担いでこの庭に入ったとたん、ぼくはちょっと不思議な気持ちになりました。
そのときの斜めからの光の具合なのか、完成後時間が経過して、植物が予想以上に茂っていたからなのか。急に気分が高揚して、顔は笑ってしまいました。
庭が、ぼくがやってくるのを待ちわびていたように、両手を広げて歓待してくれているように感じたのです。かつて一緒に野山を駆け回って遊んだ幼なじみと、数十年ぶりに再会して、立派に成長したそいつの笑顔が昔のままだったような。



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休みなく、たくさんの庭を生み出し続けていながら、そのときの感慨が特別だったことには、ぼく側の状況もありました。
自宅で、ひと夏を庭で過ごし、秋が深まり、さすがにそろそろ寒くなっていました。
ぼくはその「庭時間」を総括する言葉を探していました。庭に居て感じたこと、考えたこと、本やインターネットやラジオから仕入れた情報のすべてを、ひとつに繋ぐような言葉、「答え」を出したい時期にいたのです。冬が来て、庭にいることが辛くなる前に。
そんなぼくの前に、浅岡さんちの庭登場!でした。



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ぼくにはこの庭がシェルターのように感じられます。
物騒にいうと「核シェルター」、柔らかくいうと「避難所」です。
そのシェルターには、人が健康に生存するために必要な、酸素や水や光や、さらには精神を整える機能、気力や意欲といった生命エネルギーをチャージする機能が備わっている、そんなイメージです。



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庭に、そういう側面があるということはもちろん心得ていますし、それを意識した設計をしているわけですが、浅岡さんちの庭に立つと、そのあまりにすばらしいシェルター機能に感嘆したのです。
「この庭は・・・こりゃあただ事ではない」と。

そのシェルター機能の仕組みを解明すべく、タップリと時間をかけながら、ゆっくりと、ゆっくりと、シャッターを切っていきました。



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震災のこと、原発のことも含めて、ぼくらは「困難に時代」にいるなあと感じています。
経済成長と科学技術の発達の速度が上がりすぎました。その、どんどん上がるハードルのような時代的価値基準に適合して生き残るために、スキルアップを旨とし、効率主義で走り続けました。
あまりに加速して、ちょっと油断すると足が絡まって転倒してしまうような、ボーッとしてると、あっという間にはじき出されてしまうような、そんなところまできてしまっているのです。
急斜面を直滑降しているときの緊張感のようなストレスを、自分にかけ続けて大人になったぼくらの成長過程って、どうだったんでしょうかねえ。よかったのでしょうかあれで。

たぶん、「みんなががんばっていたから自分もがんばった」ってことだと思います。
そう、みんながんばっていたんです。がんばってがんばって、今の暮らしを獲得しました。ぼくらの親世代(戦争を知っている子どもたち)が、焼け野原からの奇跡の復興を遂げるためには、「がんばる」ことがすべてでした。「がんばる」は時代的に必要だったのです。
ぼくら「戦争を知らない子どもたち」は、親に倣い、がんばりました。そして復興が成って、経済大国にまでなって、そこでフッと立ち止まって吹く風を感じることができなかった。「何か変だぞ」と薄々感じながらも、そこでブレーキを踏むことができませんでした。
そして、恐ろしい加速を続けました。

その異常な速度についていけずにはじき出された人は・・・。
津波で亡くなられた人よりも多い自殺者数が、10年続いていると言います。年間3万人以上。
昭和30年代・40年代には考えられなかったような、異常な事件も増え続けて、もはやその異常さも話題にならなくなっています。
なんとかかんとかがんばってきたけど、傷つき、ほころびを縫い合わせながら、つぎはぎだらけになっている家族が、おどろくほど多いことを実感します。

「家政婦のミタ」、面白かったですよね。ハラハラし、胸打たれ、そして泣きましたよね。
よかったです、ミタさんが笑顔を取り戻すことができて。最終回の視聴率が40%だったそうです。
これってもしかして、4割の家庭がつぎはぎだらけになっているってことかもしれませんよね。
ここ数十年のこの加速って、なんだったんですかね。
いったい何のために・・・。



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震災で、日本人の本来の姿が確認できました。礼儀正しく、我慢強く、優しく、勤勉で、情緒を解し、笑顔を絶やさない日本人。
忘れてましたよねそんなこと。すばらしいことですよね。
震災で、呆然と立ち止まらざるを得なくなって、瓦礫の向こうに広がる海からの風を浴びて、気がついた自分たちのほんとの姿です。
どうですかね、スピード緩めてもいいですよね。それで何かを無くすわけじゃないんです。ちゃんと立っていられる資質、世界に誇れる心の財産があることに気付いたんですから。

がんばって、がんばって、成功したい?いやいや、あなたはもう大成功していますよ。だって、毎日幸せでしょ。

自分たちのその資質に自信を持って、胸を張って、ブータンどころじゃない、世界中の誰もたどり着いていない、争いも飢えもなく、柔らかく温かい心でつながっている社会になれるんじゃないかと、ぼくにはそんな予感と期待があります。



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ぼくは庭屋なので、庭屋として言い切ってしまいます。
ぼくらが、ぼくらの子どもたちが、そこにまでたどり着くために、今はこの浅岡さんちの庭のようなシェルターが必要です。
まず傷んだ箇所の回復を図ること。癒しとも言います。次に新鮮なエネルギーを補充して、そして元気にはつらつと歩き出す。

室内では感じられないことを感じさせてくれる庭。

リラックス、リバランス、リチャージ、リフレッシュ、そしていい笑顔に戻して、また社会へと送り出してくれる庭。

そういう「自己回復装置」のような庭が日本中にあったら、この流れ「さあ開発だ!次は何が売れるんだ!もっと速度を上げろ!成果を上げろ!早く壊して次をつくるんだ!」ということから抜け出せるんじゃないかなあと、早くそうなってほしいなあと思っています。

庭は人が人間らしく生きていくために必要なシェルター、自己回復装置です。



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もしかしたらあなたは、何を大仰なこと言ってるんだと思われるかもしれません。でもきっとあなたも、早々にそれに気付くときがやってきます。
その場面で「あぁ、このことか」と思ってください。チラッとでも「もしかしてこれ?」と感じたら、それが消えないうちに、捕まえてください。
それを捕まえることができたら、2012年、あなたは365回、庭に居て、日々庭と話し続けることになります。
もしそんな暮らしになったら、あなたは、確実に、もっと大きな幸せへと向かいます。これはたくさんのお客様によって実証済み。
だから、早いとこ気付いちゃってください。人生は、そんなには長くないはずなので。



明日は最終日。この庭のおかげで、じっくりと、深く深く思索することができた気がするこのシリーズの、エッセンスを並べます。
そして最後に、震災後、庭に居て、考え続けた事柄を総括する言葉、庭が教えてくれた答えを書きます。
庭はぼくに、とても単純で、とても大事なことを教えてくれました。