リビングの外に出幅1メートル50センチの庭スペース(通路?)があります。その向こうは1メートル30センチ下がって道路です。

1メートル50センチという出幅を、今あなたの足元でイメージしてみてください。
さあ、あなたはそこにどんな庭を思い描くでしょうか。
たった1.5メートル。
ぼくはこのようにイメージしました。

1メートル50センチの、通路のような庭スペースはこうなりました。



庭は人を映します。
これはスピリチュアルでも、宗教めいたことでもなく、一般道徳として「部屋の乱れは心の乱れ」みたいなレベルのことです。
その庭を姿見鏡だと思って眺め、庭に出て「自分の心」を感じてみてください。


庭に不満があるとき、あなたは自分自身に不満があるのかもしれません。

そういう視点で自分を見つめることは、庭があってのこと。ですから早々に庭をあきらめることは、鏡を見ずに暮らすこと。そんな考え方もできるほど、庭が整うことは、暮らしや人生に関わる出来事なのです。

施工から3年が経過し、スタッフと再訪しました。庭は輝きつづけていました。
そして奥様も。



1メートル50センチという出幅を、今あなたの足元でイメージしてみてください。
さあ、あなたはそこにどんな庭を思い描くでしょうか。
たった1.5メートル。
ぼくはこのようにイメージしました。

一般的に建物の脇の通路と認識してしまうかもしれないそのスペースを、「庭」として成立させるために、次の三つの事柄を組み合わせました。
1、目隠しと立体的な構成によって「過ごす場所」を生み出す。
2、庭の地面を持ち上げ、部屋と庭を近づけて、部屋の床が外に広がったようにする。
3、細長いスペースを、ようかんを切るように分割して、それぞれの場所に意味を持たせる。



1、目隠しと立体的な構成によって「過ごす場所」を生み出す。
2、庭の地面を持ち上げ、部屋と庭を近づけて、部屋の床が外に広がったようにする。
3、細長いスペースを、ようかんを切るように分割して、それぞれの場所に意味を持たせる。



「庭がもっと広かったら・・・」という言葉を聞くたびに、ぼくは即座に「大丈夫ですよ」と返します。
狭くたって大丈夫!狭さを理由にして、庭がある暮らしを捨て去ってはいけない。
過ごす庭なら出幅が1メートルもあれば椅子とテーブルを置けますし、居心地の良さを演出する方法はいくらでもあります。
部屋からの庭風景も同じくで、80センチを使って立体的な絵を描けば、「部屋が庭になる感覚」が得られるのです。
もうひとつ。庭をあきらめることは、同時に「カーテンを閉め切りで暮らす」という、とても不自然な住環境を選択することでもありますので、早々にあきらめないで、そこにある限られたスペースを使って、ベストを尽くしてください(これはお願いするより「ぼくにお任せください」と言うべきかもしれませんね。それが仕事なので)。
狭くたって大丈夫!狭さを理由にして、庭がある暮らしを捨て去ってはいけない。
過ごす庭なら出幅が1メートルもあれば椅子とテーブルを置けますし、居心地の良さを演出する方法はいくらでもあります。
部屋からの庭風景も同じくで、80センチを使って立体的な絵を描けば、「部屋が庭になる感覚」が得られるのです。
もうひとつ。庭をあきらめることは、同時に「カーテンを閉め切りで暮らす」という、とても不自然な住環境を選択することでもありますので、早々にあきらめないで、そこにある限られたスペースを使って、ベストを尽くしてください(これはお願いするより「ぼくにお任せください」と言うべきかもしれませんね。それが仕事なので)。
1メートル50センチの、通路のような庭スペースはこうなりました。
Before

After

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After

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After

家を建ててから何年も、カーテンを開けずに、庭で過ごすこともなく、せっせと芝の手入れをし、雑草を抜きながら暮らしていたそうです。
それがご覧の通り、ちゃんと「庭」になりました。


この変化で、奥様から「暮らしが変わりました」という感想を頂戴しました。
それがどのような変化だったのかは言わずもがな。
庭は地面をどうこうするのではなく、その上空に生み出すものなのです。


庭が整うと、暮らしが整います。
庭が楽しくなると、暮らしが楽しくなります。
幸せな庭を思い描けば、人生は確実に幸せ方向へと広がっていきます。





それがご覧の通り、ちゃんと「庭」になりました。


それがどのような変化だったのかは言わずもがな。
庭は地面をどうこうするのではなく、その上空に生み出すものなのです。


庭が楽しくなると、暮らしが楽しくなります。
幸せな庭を思い描けば、人生は確実に幸せ方向へと広がっていきます。








これはスピリチュアルでも、宗教めいたことでもなく、一般道徳として「部屋の乱れは心の乱れ」みたいなレベルのことです。
その庭を姿見鏡だと思って眺め、庭に出て「自分の心」を感じてみてください。

庭が輝いていないとき、もしかしたら、あなた自身が輝きを失っているのかもしれません。

庭に不満があるとき、あなたは自分自身に不満があるのかもしれません。


繰り返します。狭いからって庭をあきらめてはいけません。
ここよりもっと狭いスペースでも平気です。なぜなら我々日本人は、盆栽に宇宙を感じることもできる民族なんですから。
手の平に乗る苔盆栽を愛でる感性があれば、どんなに狭い庭であっても、そこを理想郷に仕立てることができますから。



ここよりもっと狭いスペースでも平気です。なぜなら我々日本人は、盆栽に宇宙を感じることもできる民族なんですから。
手の平に乗る苔盆栽を愛でる感性があれば、どんなに狭い庭であっても、そこを理想郷に仕立てることができますから。



施工から3年が経過し、スタッフと再訪しました。庭は輝きつづけていました。
そして奥様も。

この奥様の笑顔(写真中央)、最高&最強です。

ちなみに、奥様の右隣がこれまた霊長類最強の我が女房。
もう一度繰り返します。
狭いからって、庭をあきらめてはいけないのです。
日当りがよくないからって、土がよくないからって、周囲から丸見えだからって、蚊がいるからって、暑いからって、寒いからって、花を育てるのが苦手だからって、仕事が忙しいからって、子育てが大変だからって、ご主人が話を聞いてくれないからって、お金がかかるからって、庭が嫌いだからって、生きているのが辛いからって・・・庭をあきらめてはいけません。
つまり、さっさとできない理由を持ち出して、せっかくの庭スペースを「暮らしのお荷物にしかならない場所」に追いやらないで欲しいのです。
もったいなさすぎますから。
何事もイメージしだい。
イメージできたら、できたも同然。
理想の暮らし、理想の人生は、それをイメージし続けることによってのみ実現します。
もう一度繰り返します。
狭いからって、庭をあきらめてはいけないのです。
日当りがよくないからって、土がよくないからって、周囲から丸見えだからって、蚊がいるからって、暑いからって、寒いからって、花を育てるのが苦手だからって、仕事が忙しいからって、子育てが大変だからって、ご主人が話を聞いてくれないからって、お金がかかるからって、庭が嫌いだからって、生きているのが辛いからって・・・庭をあきらめてはいけません。
つまり、さっさとできない理由を持ち出して、せっかくの庭スペースを「暮らしのお荷物にしかならない場所」に追いやらないで欲しいのです。
もったいなさすぎますから。
何事もイメージしだい。
イメージできたら、できたも同然。
理想の暮らし、理想の人生は、それをイメージし続けることによってのみ実現します。








































































































































































































町を歩いているとひとんちの庭が氣になっちゃって氣になっちゃって(笑)
コレは完全にいわふちさんのせいです(^O^)
今日明日もまた、みなさんにたくさんのHappyをお伝えくださいV(^-^)V