フロンヤードから庭に入って行って「植物を育て、眺め、自然を感じながら暮らすためのエリア」をご覧いただきました。
その先に進んでいくと、こんどは「眺望を楽しみながら過ごすエリア」です。



DSC_0142



レンガに囲まれた石張りのテラス。



DSC_0143



奥側に目をやると広いそれと街並が見えます。



DSC_0144



レンガ塀と空、目の前のレンガと遥かな景色、このように2方向で視覚の焦点距離の差をつけることで、感覚的なコントラストが生まれます。
椅子に腰掛けて横を向くと強い存在感を持ったレンガの質感を感じられ、視線を外すと流れる雲に意識は飛ぶ。

「閉じる」と「開く」の組み合わせで「居心地」が生まれます。

とても微細な心理的効果のための仕掛けです。
誰も気づかないようなこういう仕掛けを組み合わせ積み重ねていく先に「いい庭」が出現するのです。



DSC_0145



テラスと風景の間にも植栽スペースを設けました。
ここはバラでもいいし野菜を植えてもいいし、数本の雑木が茂っていてもいい。
これも微細な仕掛けです。



DSC_0245



眺望が開けている庭の場合、景色と自分との間に何か植物があることで気持が落ち着きます。
「高層住宅シンドローム」ってあるでしょ、何だか毎日空を飛んでるみたいで落ち着かなくて、それが原因で心身に不調をきたしてくるというもの。
庭も同じで、高い位置にある庭からの景色は一種の緊張状態を引き起こします。
吊り橋の上にいるような、飛行機で飛んでるときのような。
その「非日常的な状態」が魅力となりますが、その魅力に「やすらぎ」を加えて「日常」にするための仕掛けを施さないと、いつのまにかその景色を楽しまなくなってしまいます。
そうならないために、自分と景色の間に植物を配することがとても有効。

花や葉っぱや枝越しに見える景色は庭の魅力になります。



DSC_0269



何も遮るものがなくてただ見晴らしがいいだけだと、たぶんすぐに見飽きちゃいます。
高台の家や高層マンションに暮らす人から「見晴らしが魅力でここを買ったんだけど、住んでみたら景色なんてすぐに何とも思わなくなっちゃった。それどころか風が強いし眩しいしで失敗だったかもしれない」という声をよく聞きます。
もったいないなあって思うんですね。それは仕掛けが足らないだけなんだけどなあって。

場の設定を整えないと、どんな好条件の場所でも「いい庭」にはなりません。



DSC_0147



植栽スペースから2階のベランダへと盛大にツルが伸びていました。



DSC_0148



こういうのを見ると、もううれしくてうれしくて。庭がちゃんと暮らしの場所として機能している証拠ですからね。



DSC_0126



ツルの正体はメロンでした。



DSC_0127



なかなかこんなに見事に育てることはできないものです。
ぼくにはご夫婦が毎日庭に出ている様子が感じられ、うれしさがこみ上げていました。
庭に込めたたくさんの微細な仕掛けが奏功して、この実を生らせたんだと、ひとり悦に入りながらシャッターを切っていました。 



DSC_0244



見晴らしがいい、日当りがいい、広い、土質がいい、どれも庭の好条件です。
でもどれもこれも、庭を楽しめなくなっている人たちの「楽しめない理由」になっています。
見晴らしがいいと風が強くて、日当りがいいと暑くて、広いと持て余して、土質がいいと雑草だらけになって・・・。

微細な仕掛けを丹念に積み重ねることによって、好条件は活かされます。



DSC_0241



もう一度、あなたの庭の設定を見つめ直してみてください。
目隠しは?出やすさは?ゾーニングは?立体構成は?閉じると開くのバランスは?植物の配置は?椅子の座り心地は?照明は?

すっかり見慣れた庭を、もう一度興味津々に捉え直してみてください。
そこから、思ってもみなかったような素敵な暮らしが始まるかもしれません。




DSC_0238



これは庭だけじゃなく、暮らしのあらゆることに当てはまります。
あなたの身近に存在している「すっかり見慣れた◯◯」を、もう一度、興味を持って捉え直してみてください。
あなたの想像力と創造力で、日常はどこまでも輝いていきます。