幼い日の記憶をたどると、自分がいかに大きな、あふれる愛情によって育まれてきたのかがわかります。
ただし当時はまったくそうは思っていなくて、子どもなりに悩みや不満を持っていて、ときには「自分はなんて不幸なんだろう」と思ったこともありました。
つまり、愛情に恵まれているときにはその愛情を認識できないわけです。

これって健康と同じですよね。
健康な人は健康について考えないし健康であることに感謝することもない。いったん健康を害して苦しんだ経験を経て、ようやく健康のありがたさにまで思考が広がります。
幸せは、不幸せな時間を経ないと認識できない。

夏は祈りの季節です。
東京、沖縄、広島、長崎・・・300万人。
ぼくらは戦争を知りません。
知識として知っていても、戦争で流れた血の色も、焼けこげた街の匂いも、泣き叫ぶ人の声も知らないに等しいのです。

もちろん想像はします。
ただ、その想像力はとても乏しいものである可能性が大きい。
まだ幸せを幸せと認識できない子どものように、平和が常態化した中でしか生きてこなかったぼくらの平和への認識が幼いものだったとしたら、と思うと、とても恐ろしい気持になります。

学ぶしかありません。
受験勉強以上に、仕事の資格試験よりも、真剣に学び伝えていかなければならないと思っています。
それはぼくらが絶対に戦争を引き起こさないために。そしてぼくらの子ども、戦争を知らない孫たちが決して道を誤ることなく、平和な時代のままで幸せな人生をまっとうしてくれるために。
次の世代の平和は、ぼくらの責任において実現しなければならないこと。

歴史を見て判断するなら戦争はなくなることはなく、また必ず起こります。そう考えざるを得ません。
ただ次の戦争は、歴史上のこれまでのものとは質が違うということを知っておかなければなりません。
アインシュタインはこう言っています。
第三次世界大戦がどう戦われるか、わたしにはわかりません。
しかし第四次大戦ならわかります。
きっと石と棒を使って戦われることでしょう。
まずいですよね。
人類の愚かなる自滅です。

どうしたらこの歴史の反復を止められるのでしょうか。やはり歴史は繰り返すしかないのでしょうか。
ぼくは「そんなことはない」と言い切りたい。
未来はこれからつくられるものなのですから、すべてはぼくら次第なのです。

マザー・テレサが画期的な平和実現の方法を教えてくれています。
早く家に帰って家族を愛してください。
ぼくはこれに尽きると思っています。この基本的でシンプルな価値観が世界を覆ったときに、地球上から戦争がなくなると。
愛する人の心の痛みを感じ取れる正常さがあれば、銃口を人に向けることなどできない。
そこに家族の幸せがあるのだと気づけば、スイッチを押すことなどできるわけがありません。
・・・狂気です。家族を愛する心をなくした狂気が、繰り返し戦争を引き起こしてきたのです。
それぞれの家庭が幸せの花を咲かせて、それが集まった花咲く庭のような社会になれば、「戦争」は歴史の教科書に出てくるだけの言葉になると、半分すがるような気持でそう思っています。

そんな単純なことじゃないよ!という声が聞こえてきそうですけど、ぼくは単純さが大事だと思うんですよね。
ぬくもり。
鼓動。
愛おしさ。
それぞれの立場での主張を闘わせるのではなくて、誰でも素直に同意できるシンプルな価値を設定しない限り、恒久的な平和は実現しないと。

300万人・・・・・・・気が遠くなります。
今日は「レノンの庭」で、この曲を繰り返し流しながら「家族の庭」を思い描きます。
ただし当時はまったくそうは思っていなくて、子どもなりに悩みや不満を持っていて、ときには「自分はなんて不幸なんだろう」と思ったこともありました。
つまり、愛情に恵まれているときにはその愛情を認識できないわけです。

健康な人は健康について考えないし健康であることに感謝することもない。いったん健康を害して苦しんだ経験を経て、ようやく健康のありがたさにまで思考が広がります。
幸せは、不幸せな時間を経ないと認識できない。

東京、沖縄、広島、長崎・・・300万人。
ぼくらは戦争を知りません。
知識として知っていても、戦争で流れた血の色も、焼けこげた街の匂いも、泣き叫ぶ人の声も知らないに等しいのです。

ただ、その想像力はとても乏しいものである可能性が大きい。
まだ幸せを幸せと認識できない子どものように、平和が常態化した中でしか生きてこなかったぼくらの平和への認識が幼いものだったとしたら、と思うと、とても恐ろしい気持になります。

受験勉強以上に、仕事の資格試験よりも、真剣に学び伝えていかなければならないと思っています。
それはぼくらが絶対に戦争を引き起こさないために。そしてぼくらの子ども、戦争を知らない孫たちが決して道を誤ることなく、平和な時代のままで幸せな人生をまっとうしてくれるために。
次の世代の平和は、ぼくらの責任において実現しなければならないこと。

ただ次の戦争は、歴史上のこれまでのものとは質が違うということを知っておかなければなりません。
アインシュタインはこう言っています。
第三次世界大戦がどう戦われるか、わたしにはわかりません。
しかし第四次大戦ならわかります。
きっと石と棒を使って戦われることでしょう。
まずいですよね。
人類の愚かなる自滅です。

ぼくは「そんなことはない」と言い切りたい。
未来はこれからつくられるものなのですから、すべてはぼくら次第なのです。

早く家に帰って家族を愛してください。
ぼくはこれに尽きると思っています。この基本的でシンプルな価値観が世界を覆ったときに、地球上から戦争がなくなると。
愛する人の心の痛みを感じ取れる正常さがあれば、銃口を人に向けることなどできない。
そこに家族の幸せがあるのだと気づけば、スイッチを押すことなどできるわけがありません。
・・・狂気です。家族を愛する心をなくした狂気が、繰り返し戦争を引き起こしてきたのです。
それぞれの家庭が幸せの花を咲かせて、それが集まった花咲く庭のような社会になれば、「戦争」は歴史の教科書に出てくるだけの言葉になると、半分すがるような気持でそう思っています。

ぬくもり。
鼓動。
愛おしさ。
それぞれの立場での主張を闘わせるのではなくて、誰でも素直に同意できるシンプルな価値を設定しない限り、恒久的な平和は実現しないと。

今日は「レノンの庭」で、この曲を繰り返し流しながら「家族の庭」を思い描きます。
Love & Peace.








































































































































































































ただ信じてるだけでは他力本願ですよね(o^^o)
自分を信じて自分が感じ自分が選んだ方向に舵をきる勇氣を持てれば、必ずその先にはシアワセが待ってる
自分を大事にできなければ他人を大事にはできませんネ
流石のいわふちさんのブログ!堪能させてもらいましたo(`▽´)o