猫の額も、イメージ次第で宇宙規模。

ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェは「愚痴は目の前の課題に取り組むつもりがないことの宣言であり、言い訳はその課題の改善を私は放棄していますという宣言に過ぎない」と申しております。なるほどなるほど。しかし先生、ぼくが知る限り愚痴と言い訳はホモ・サピエンスが獲得した進化の中でも金字塔であるともいえる言語、会話の中核を成しているではありませんか。

イワフチくん、だから人類は個人的にも種としても、飽くことなく不幸な歴史を反復しておるのだよ。

先生、それは世界平和を目指す社会倫理上、あるいは家内安全上理解できる気もします。しかし、では、人類が愚痴と言い訳をしない種族になったらどうなるでしょう。ホモ・サピエンスは植物化して、人類は人類ではなくなる気がするのですが。

ハハハハ、相変わらず愚か者だねきみは。人類があらゆる苦悩と無縁になるには言葉を捨てて植物化するのが正解なのだよ。究極はね。しかしそんなことなどできないのが人間だろ。だから愚痴を言い、批判をし、弱音を吐き、泣き笑いしながら踏ん張って生きてゆくのだ。大切なのは、その内なる声をちゃんと聞いて、受け止めて、それらを放っておかないことだ。ああ、なんと言ったら理解してもらえるかな。そうそう、きみが好きな羊男の言葉を思い出しなさい。そこに答えがあるから。

というわけで、ニーチェ先生はあの言葉を指し示したのでした。あの、羊男が、イルカホテルの薄暗い部屋で、めずらしく真剣な口調で語った、掲示のような言葉を。


「踊るんだよ」
「音楽の鳴っている間はとにかく踊り続けるんだ。おいらの言っていることはわかるかい?踊るんだ。踊り続けるんだ。何故踊るかなんて考えちゃいけない。意味なんてことは考えちゃいけない。意味なんてもともとないんだ。そんなこと考えだしたら足が停まる。一度足が停まったら、もうおいらには何ともしてあげられなくなってしまう。あんたの繋がりはもう何もなくなってしまう。永遠になくなってしまうんだよ。そうするとあんたはこっちの世界の中でしか生きていけなくなってしまう。どんどんこっちの世界に引き込まれてしまうんだ。だから足を停めちゃいけない。どれだけ馬鹿馬鹿しく思えても、そんなこと気にしちゃいけない。きちんとステップを踏んで踊り続けるんだよ。そして固まってしまったものを少しずつでもいいからほぐしていくんだよ。まだ手遅れになっていないものもあるはずだ。使えるものは全部使うんだよ。ベストを尽くすんだよ。怖がることは何もない。あんたはたしかに疲れている。疲れて、脅えている。誰にでもそういう時がある。何もかもが間違っているように感じられるんだ。だから足が停まってしまう」
「でも踊るしかないんだよ」
「それもとびっきり上手く踊るんだ。みんなが感心するくらいに。そうすればおいらもあんたのことを、手伝ってあげられるかもしれない。だから踊るんだよ。音楽の続く限り」 
オドルンダヨ。オンガクノツヅクカギリ。 
『ダンス・ダンス・ダンス/村上春樹著』より


と、まわりくどく前置きをしておいてと。

庭が狭いから楽しめない、広過ぎてどう扱えばいいのかイメージがまとまらない場合に、あきらめて、放っておいてはいけません。広さに関係なくその場所を価値ある庭に仕立て上げることができるのですから。
庭に関してそれを紡ぎ出すのがぼくのダンススタイルなので、ぼくが踊ります。ダンス・ダンス・ダンス。

部屋からフェンスまでの出幅が1.5メートル(木村邸)、2メートル(草野邸)、そして80センチ(澤田邸)です。ご一緒に、Before から After への変貌を感じてみてください。


木村邸 Plan B(出幅1.5メートル)

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Before

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After

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草野邸 Plan C(出幅2メートル)

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Before

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After

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澤田邸 Plan A(出幅80センチ)

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Before

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After

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オドルンダヨ。オンガクノツヅクカギリ。




Shall we dance ?