狭い部屋は何をどうやっても広くなりませんが、狭い庭を広くすることはいとも簡単なことです。

庭の周囲に無限に広がっている世界からエッセンスを拝借すればそれでよし。



花散らす雨に情緒のいとまなく
おっとり刀のゲンペイモモ
いきなり満開 桃色吐息

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借景

隣家の庭木や遠方の山並みが自宅の庭の一部であるかのように思わせる仕掛け。
 

日本庭園では平安時代からすでにこの借景手法が使われていました。

それは「庭が狭いから」ではなく、その庭の意味を増やして、家主ご自慢の庭園に感覚的な広大さを生み出したかったからです。

遠方に富士山が見えれば、庭の奥の方に富士へ繋がる登山口を仕立てて富士信仰の人たちのハートを掴み、その庭の評判を上げてゆく、そういうやり方。

当時、庭は家族が楽しむ場所などではなく、時の権力、権威の象徴でしたから、世間の評判が庭の価値だったのです。



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その頃に時の権威を握っていたのは朝廷&宗教関係者でしたから、後に『浄土庭園』と呼ばれる作庭様式が開発されました。

開発といっても中国からのパクリなんですが。

その理屈を元にしてデザインをしたやり手の山水河原者がいたわけです。


世阿弥(能役者・劇作家)がそうであったように、今で言う芸術活動を生業とする者は河原で寝起きしながら旅を続けて、行く先々の権力者に飛び込み営業で仕事を得ていて、その人たちが山水河原者と呼ばれます。庭師はそれの筆頭的な職業でした。

もっとも当時は被差別民の技術者集団だったわけで、無名の人でした。

ですから平安・室町あたりに生まれた名園は作者が不明です。

〇〇作、という場合、主に発注者である家主が記されています。


無名の庭師がぶっ飛び営業トークで「借景手法なんぞは現代の作庭では常識ですからお茶子のサイサイ。

私めは中国伝来の技法を用い、あの世、極楽浄土を借景してご覧にいれます」とかなんとか。

家主は宗教界のドンですから「おお、それは素晴らしい。金に糸目はつけぬ。よろしく頼むぞ」と。



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縮景

広大な自然の風景をコンパクトにまとめて庭に再現する技法。

 
庭師のコンセプトはあの世の景色を拝借した浄土の庭。

設計作業は、蓮池を仕立てて極楽へと思いが広がるように、程度から始まったのでしょう。

そかしそれで止まらないのが無名の天才庭師。

「借景技法では広大な極楽浄土を表現しかねます。ここはひとつ、思いっきりコンセプトを変更して、須弥山をベースに曼荼羅世界の全てをスケールダウンしたものを庭に再現いたしましょう」。

これを縮景と言います(広島市にある縮景園など)。いまでいうジオラマですね。



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冒頭で「狭い部屋を広くすることはできない」と申しましたが、お詫びして訂正いたします。

その狭い部屋のカーテンを開いて、静かな木漏れ日の優しさに包まれればいい。

庭を借景にして部屋を庭へと広げれば、その庭は極楽浄土(宇宙)にまでつながっていますので、広大なリビングルームが実現可能です。