こんばんは。ひとつページがめくれたように庭の空気が冷たく硬くなりました。それでも半袖で過ごしています。まだ痩せ我慢というレベルではなく、次の季節には冷たさに逆らうことなくホッカホカの身なりで過ごすのだから、今はまだこの冷えた空気を楽しんでおこうと、そんな感じです。目の前には照明に浮かぶ庭、バラが赤い新芽を出し、その奥には黄色くセイタカアワダチソウ。夜長の季節にロマンチックが止まらないのです、なんてね。



散歩道の木々が色づき始めました。
落ち葉のコンチェルト/アルバート・ハモンド
グッバイ・イエロー・ブリック・ロード/エルトン・ジョン
アローン・アゲイン/ギルバート・オサリヴァン
この季節、カメラ片手に歩いていると口を衝く3曲。


サクラ

サクラ



故郷の魚沼ではそろそろ越後三山の頂が白くなり、あとひと月で人々が暮らす盆地は初雪に覆われます。雨がシャーベット状になってゆく時のつべたさは、いかな豪雪に慣れた原住民であっても身体にこたえるもので、それは単に温度の問題ではなく、否が応でもやってくる長い長い雪との闘いの日々が思い浮かんでくる。その前に、冬が来る前に終えねばならない大根の収穫、柿を焼酎にさわして親戚縁者に発送、野沢菜を漬け込むこと、家の周囲と庭木の雪囲いなど結構忙しいのです。それは先祖代々行ってきたことだからやるだけのことで、楽しい作業とは言えない。雪国全体がその楽しくもない労働に追われるこの時期の記憶が、こうして横浜に移住した身には豊かな文化だなあと懐かしく思えるのだから、ずいぶんと身勝手なものだと自嘲するばかり、なんてね。



モミジバフウ

モミジバフウ



故郷を離れてかれこれ40年近くを、豪雪とは無縁の暮らしの中で泣き笑いしながら、秋のこの時期には必ず思い出されるあのつべたさ。長男でありながらわがままを通して常春のような地にいるのだからもっと頑張らねば、と気合が入り、横浜にいたら実感が薄れがちな「暮らしとは、逃れようのない苦労の積み重ねなのだ」という実感が残っている限り、あの除雪作業を免除されていると思えば大変なことなどひつもない、毎日が天国にいるようなもんだとマインドコントロールすることができる。ありがたき、有り難き記憶の源泉掛け流し、なんてね。



カキ

カキ



昭和時代の東京では、豆腐屋と風呂屋は新潟出身者が多かったそうです。過酷で地道な仕事に越後人の辛抱強い気質が適合して、集団就職で上野駅に到着した内の幾人かが、丁稚奉公を経て都会に一国一城を築いたのだなあと、今でもお爺さんとお婆さんがやっているような豆腐屋を見つけると、ふらっと立ち寄って豆腐と油揚げを買い求め、庭時間のオードブルにする。多分このまま、故郷は故郷としたままであと何年かわからないけど、夢中で庭を思い描いて終わるであろう物語の、そろそろ最終章もイメージしておかなければ、などと思ったり思わなかったりしつつ、つるべ落としの秋の深度に身を委ねる夜の庭、なんてね。



ハナミズキ

ハナミズキ



郷愁は晩秋に向けてのお楽しみなり。故郷未だ忘れがたく、俺のことなど忘れておくれ。故郷いまだ忘れがたく、手紙を抱きしめ泣きました。そんな歌がありましたねえ。遠くで汽笛を聴きながら憧れた都会暮らしという、当時は「戯言」、今思えば「夢」のようなものを見事に実現したのだから良しとして、本日思い描くは郷愁を誘う庭。縁側・柿の木・金木犀、黙々と畑仕事をする母の顔。この頃では故郷が四川省だったり、アーカンソーにいるおばあちゃんちの庭が忘れられないとか、シンガポールで生まれ育ったお客様もいらして、たまたま流れ着いた港横浜のこのゴージャスもまた、我が幸運です。いやほんとに、思えば遠くへ来たもんだ、なんてね。



ハウチワカエデ

ハウチワカエデ



なんてね、なんてねって何だよそれ!と言うなかれ。これも昭和喜劇役者のノスタルジー。今時はYouTubeで手軽に昭和へワープが可能で、当時はよろしくないこととされていたテレビっ子だったことが幸いし、夢の機械のタイムマシンに乗った気分にもなれる。なんつったて、うっしっし。なんちゅうか本中華。みじかびの、きゃぷりきとりてすみちょびれ、すぎかきすらのはっぱふみふみ。ゲバゲバ、ピ!なんてね。 


冬が来る前に、秋の庭を存分にお楽しみあれ。
お飲み物はビールではなく、ウイスキーで。