昭和40年代の夏は今とは違う意味でカオスでした。
違う意味で、暑さではなく熱かった夏。
違う意味で、暑さではなく熱かった夏。
夏の穏やかに過ぎる日々
魚は跳ね 木綿は育つ
パパは稼いで ママはとびきり美人
だから可愛い赤ちゃん
泣くのはおやめ
いつの日か君は歌い出す
翼広をげて空に飛んでく
その日まで 何も怖くない
パパとママがそばにいるから
ジャニスがなぜこんな歌い方をしたのか、当時はなんとなく「変なの、クセ強すぎでしょ」程度に思っていました。後年、渋谷陽一の解説で、この曲は黒人奴隷が幼な子を寝かしつける子守唄だったと知りまして、歌声がグッと迫ってきたのを覚えています。1番が白人の主人の家でお母さんが、2番は奴隷小屋的な自宅でお父さんが。
いつの日かきみは歌い出す。その日までパパとママがいるから何も怖くないよ、って、自分も父親の端くれでしたから、胸にくる歌詞です。
さてと、お盆を終え、これで穏やかな夏が戻ってきそうですね。天気予報は「再び猛暑が・・・」と警鐘を鳴らしていますが、あれは仕事としてそう言わざるを得ないだけで、気象予報士よりも夏のベテランであるぼくの感覚では「もう大丈夫、ここからしっかりと夏を味わいましょう」と言わざるを得ない。いやほんとに、夏を暑さにうんざりしたままで終わらせるのはもったいないです。


昨晩近所の墓地で見かけたお墓参りの光景で、子どもたちの楽しげな姿が可愛くて足が止まりました。にっこりしながらしばし回想。提灯を持って墓地を巡り、お供物をもらい歩く(魚沼ではハロウィンみたいに、子どもはよその家のお墓に供えられたお菓子を集め放題という風習があります)幼き日の自分が蘇りました。ご先祖様という概念を、子どもたちに夏休みの楽しい思い出とセットで伝承してゆく、ご近所のコミュニケーションが成熟している田舎ならではのイベントです。


お手手のシワとシワを合わせてしあわせ〜。


お墓参りを済ませたら、猛暑で置き去りになっている(かもしれない)庭で、子どもたちと花火をしたらいいと思うんですよ。それから縁側でスイカに齧り付いて種を庭に飛ばす。何なら夜風に癒されながらのバーベキューも。
ぼくら世代が記憶している夏の夜の庭は、今とは別世界のような存在感を発揮していたものです。


そうそう、昨年、一昨年と壊滅状態だったマツムシが、昨日の夜は早々と鳴いていました。コオロギに混ざってひと声、ふた声。旧友が不意に庭へと尋ねてきたみたいで、すっごくうれしかった。やはりそうです。今年はここから普通の夏になります。お父さん、お母さん、お爺ちゃん、お婆ちゃん、ちびっ子たちと夏の夜の庭をお楽しみあれ。
いつの日かきみは歌い出す。その日までパパとママがいるから何も怖くないよ、って、自分も父親の端くれでしたから、胸にくる歌詞です。
さてと、お盆を終え、これで穏やかな夏が戻ってきそうですね。天気予報は「再び猛暑が・・・」と警鐘を鳴らしていますが、あれは仕事としてそう言わざるを得ないだけで、気象予報士よりも夏のベテランであるぼくの感覚では「もう大丈夫、ここからしっかりと夏を味わいましょう」と言わざるを得ない。いやほんとに、夏を暑さにうんざりしたままで終わらせるのはもったいないです。






ぼくら世代が記憶している夏の夜の庭は、今とは別世界のような存在感を発揮していたものです。








































































































































































































