ジャネーの法則(ポール・ジャネ)

時間の心理的長さは年齢に反比例する。

 50歳の人の1年は人生の50分の1、5歳児の1年は人生の5分の1。
よって50歳の10年は5歳の1年に当たり、5歳の1日は50歳の10日に相当する。



この夏、散歩道で出会った花たち。
来夏の再会をお願いしながらシャッターを切る。
ねえねえ、来年はどんな夏になるのかねえ。
君たちは平気みたいだね。

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 久しぶりに孫に会うと、赤ちゃんが幼児になっていて幼児は一丁前の女の子とになっている。大好きだった夏休みの1日は退屈さと楽しさを繰り返しながら、これは永久に続くのかと、漠然とそう思うほどだった。振り返れば、もう二度と感じられないであろうあの間延びした時間感覚が、少年期の宝物のような特権。



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 ただし、その特殊な権利は8月の27日で期限か切れる。田舎(小出町)の祭りが25日から今日、27日で終わるから。祭りの後の寂しさなどに浸るいとまは少年少女にはない。宿題が・・・
 あの残酷な気分を6年間繰り返し味わうこととなる。



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 この頃は宿題が少ないらしいし、ほとんどをタブレットを指で擦ることで完了する。遊び感覚というか、世の中は小学生にストレスを被せないように、という配慮の方向へと変化している。何よりだ。ラッキーな時代に生まれたね、美空ちゃん。



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 8月28日の朝。町内の大人たちはさっさと祭りの片付けを済ませて日常を再開する。できるだけ早くに大騒ぎの余韻を消してしまおうという意図を、子供心に察知して、きっと、よくわからないけど、それが賢い暮らし方なんだろうなあと感じたことを記憶している。大人のお作法として。お遊びはここまで、いつまでも遊び呆けているのはろくでもないよと。



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 ジャネーの法則によって、8月末に降りてくる残酷な天使のテーゼが昨日のことのように蘇る。そしてすぐさま現在の自分に逆戻りすると、おいおい、宿題のスケジュール管理能力がなく、時には「まだ半分しか終わってねえよお、どうしよう」と、静寂の縁側で体育座りして、シクシク泣きながら悔やんでいた自分と今の自分がスッキリと重なる。困ったものだ。「先に宿題を終わらせてから遊ぶ」という、繰り返し目論んでは三日で頓挫したあの、ごく当たり前のやり方が、驚くことにいまだにやれていないことに気がついて、反省どころか意気消沈。庭のデッキで、体育座りで泣きたくなるろくでなし、2025年8月27日の朝でした。



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 ちゃんとやらないと、楽しみに首を長くしてくれている皆様をお待たせするばかりで。この頃はダメ小学生のまま進歩していない自分を(仕方なく)受け入れるようになり、いや、なりつつあり、いかんいかん、宿題は計画的に進めなければ。もう、いくらなんでも、外見的にはもう小学生ではないのですから、ね。