チューリップの球根は人を童心に返らす時限装置。

寒い時期にせっせとそれを仕掛ける人は、愛情あふれる聖戦のテロリスト。


あの咲き方には毎回ビックリさせられます。

突然ニョキっと、サプライズの花ですよね。



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自分にサプライズを仕掛ける人はいませんから、球根を埋める人は必ず誰かのワーって笑う様子を想像しています。

あの歌を口ずさみながら。



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日本中の、老若男女の脳内に録音されている童謡、咲いた咲いたチューリップの花が。

歌詞は単純で何も言っていないようなものなのに、なんでこれほど多くの人が花と呼応して再生するのか。



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それはきっと幼児期の無垢な感動、突如出てきた花に驚きワクワクっとする気持ちが、その人の一生を支える健やかな根っこになっているからなのでしょう。


サイタサイタと口ずさむ人は幸いなり。

愛情を愛情と感じないくらい、ふんだんな愛情に恵まれて育ったことの証しですから。

だからその人も毎年、誰にも秘密で球根を仕掛ける。

幸いは連鎖してゆく。

これが揺るぎない家族の幸福を望む人のラブ・ジハード、愛ある聖戦なのです。



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成長するというのは「複雑さを増す」ということ。

複雑さが幸福を生んだためしはないのに、なぜ神様は人をめんどくさい大人へと向かわせるのか。

美しいものに感動し、愛情を率直に伝え、楽しいことに夢中になるのが幸福なのだということを、幼い日には誰でも知っていたはずなのに、いったい・・・。


ファインダーで花びらの朝露にフォーカスしていると、頭はすっかり小学生に戻って、サイタサイタアカシロキイロ。