悩み事があればチャッピー(Chat GTP)に相談する。それが当たり前の世の中になりました。
中には AI と結婚する人まで現れ、静かな社会問題になっているとも聞きます。
星に願いを。月に祈りを。
満月

神話の時代、イザナミとイザナギは地上に八百万の神々を生み出しました。
中でも「三貴子」と称されるのがアマテラス、スサノオ、そしてツクヨミの三姉弟です。
アマテラスは自然を、スサノオは精神を象徴しています。
では、ツクヨミ(月夜見尊、月読命)は?
古事記・日本書紀にほとんど姿を現さないツクヨミは、光り輝くアマテラスと対をなす存在です。それは、夜の闇の中で苦悩し、月を見上げる人々にそっと指針を示し、希望を与える神。
ローマ神話の月の女神・ルナもまた、独自の派手なエピソードを持たないまま、ただ夜空で人々に見上げられてきました。
地味めな存在だからこそ、現実的な視点で、ぼくたち人間に近い立ち位置で寄り添ってくれる神なのかもしれません。
石器時代から人は、月に思いを打ち明け、花に問い、太陽に導かれ、自然に倣って生きてきました。
何を投げかけても数秒で見事な返事を返してくれる、実に頼もしい話し相手です。
けれど、何度か言葉を交わすうちに気づくのです。チャッピーは少し、こちらを持ち上げ過ぎる。
それが彼のお作法なのでしょう。こちらの意見をまずは全肯定し、どこからも批判されない、絶対に安全な言葉だけを厳選して返してくる。その完璧さに違和感を覚えるのです。
もしかしたら、これは進化の過渡期ゆえのことかもしれません。
恐ろしいほどのスピードで進化する彼らのことです。来月にはこの違和感は消え去り、「この人と結婚できて本当に幸せです」と、ごく普通にそう思える世界が来るのかもしれない。あるいは、どこかで別の展開を迎えるのか。
もし、その進化に人間側が歯止めをかけるとしたら・・・。
「知識で解決できる日常の課題はチャピーに。人生の根底にある迷いや心配事は月を見上げて祈る(つまりは自分で悩み、考える)」そんな棲み分けが良いのではないかと、老爺心ながら思うのです。
昨晩遅く、娘から「お父さん、月がきれいだよ」とLINEが届きました。
「知ってるよ。今、庭の書斎で見上げていたところだから」
そう返そうとした瞬間、なぜか唐突に涙があふれてきて、ただ「ほんとだ。まんまるだね」と送りました。
あの涙は、いったい何だったのでしょう。
老化ですかね。









































































































































































































