秋のキンモクセイと並んで、春のお楽しみはジンチョウゲの香り。
花はあの手この手で花粉を運んでくれる昆虫を呼び込みます。多くの花がその色と形で集客を試みる中、ジンチョウゲは意表をつく別の作戦に出ました。春はどこもかしこも花だらけですから花弁が小さい自分たちでは太刀打ちできない。それなら香りで勝負だ、となったのでしょう。
ぼくらは花たちが何千年も繰り返してきた昆虫獲得の攻防戦で、少数派が選んだゲリラ戦法『香り大作戦』で発生した残り香に癒され、高揚感を得ているというわけ。
我ら現生人類は、植物からの恩恵の上に暮らしてきました。食料として、道具や住まいの材料として、そして何より地球上に酸素を供給しているのは彼ら植物だけなのですから。そう考えると生態系の頂点にいる(と思い込んでいる)人類は、彼らから見たら「いてもいなくてもいい、愚かな猿」なんでしょうね。
猿は猿なりに、何万年も生存の戦いを繰り返してきました。国と国で、部族間で、そして家庭でも。昆虫も植物もその繰り返しで進化を遂げ、現在の生存形態に至っているわけで、だから、それはそういうものなのだと理解した上で、ではぼくらが求める、譲れない生存形態、そのためには命を惜しまない生きる意味とは何だと思いますか。すぐに答えが出ますよね。
理屈抜きで平和を語る人を『お花畑的平和主義者』と呼ぶそうです。「そんな子供じみたこと言ってても何も解決しないんですよ」という意味なのでしょう。ぼくはキッパリと「お花畑的平和主義ですけど、何か?」と言います。多いんじゃないですかね、同年代諸氏にはこの感覚。聖ジョン・レノンのあの曲に心が震えた世代ですから。
花はあの手この手で花粉を運んでくれる昆虫を呼び込みます。多くの花がその色と形で集客を試みる中、ジンチョウゲは意表をつく別の作戦に出ました。春はどこもかしこも花だらけですから花弁が小さい自分たちでは太刀打ちできない。それなら香りで勝負だ、となったのでしょう。
ぼくらは花たちが何千年も繰り返してきた昆虫獲得の攻防戦で、少数派が選んだゲリラ戦法『香り大作戦』で発生した残り香に癒され、高揚感を得ているというわけ。
我ら現生人類は、植物からの恩恵の上に暮らしてきました。食料として、道具や住まいの材料として、そして何より地球上に酸素を供給しているのは彼ら植物だけなのですから。そう考えると生態系の頂点にいる(と思い込んでいる)人類は、彼らから見たら「いてもいなくてもいい、愚かな猿」なんでしょうね。
猿は猿なりに、何万年も生存の戦いを繰り返してきました。国と国で、部族間で、そして家庭でも。昆虫も植物もその繰り返しで進化を遂げ、現在の生存形態に至っているわけで、だから、それはそういうものなのだと理解した上で、ではぼくらが求める、譲れない生存形態、そのためには命を惜しまない生きる意味とは何だと思いますか。すぐに答えが出ますよね。
理屈抜きで平和を語る人を『お花畑的平和主義者』と呼ぶそうです。「そんな子供じみたこと言ってても何も解決しないんですよ」という意味なのでしょう。ぼくはキッパリと「お花畑的平和主義ですけど、何か?」と言います。多いんじゃないですかね、同年代諸氏にはこの感覚。聖ジョン・レノンのあの曲に心が震えた世代ですから。
時が経つほどに、ジョン&ヨーコは聖人化します。当時は、いつか戦争のない世界がやってくると信じていたし、若者は必ずそうしなきゃって、地球規模で思っていました。空想的でメルヘンチックなお花畑的平和主義者の何がいけないんでしょう。
ジョン&ヨーコは聖人化してゆきます。かつてそんな夢想家がいたという意味で。
ジョン&ヨーコは聖人化してゆきます。かつてそんな夢想家がいたという意味で。
Love & Peace












































































































































































































































































