原田さんちのお庭をご覧いただいてきました。ひたすらに庭を生み出し続けていながら、本来はどの庭も(自称)最高傑作ですから、片っ端から記録保存し、こうしてブログにアップしたいと思いつつ、忙しさに負けてブログ自体も停滞気味なここ1年ほど。いけませんなあ。後藤さんちのオープンガーデンも、新たに登場した孫のイロハちゃんのことも写真整理すらできていない有様です。とほほのほ。
反省しきり。忙しさなどというものは何を優先事項にするかだけのことなので、この古くなったポンコツOSの思考回路を修正し、バグを掃除しバージョンアップさせなければ。
その都度都度、ただ目の前にやってくる課題に飛びかかって夢中になるというのは、ぼくの良き特性でありながらも、はてさて、全体の流れを意識ぜずに浅瀬でぴちゃぴちゃ水遊びしているようものなのです。もう子どもじゃないんだから、社会性というか、企業人たちが身につけている仕事の流儀を学ばねば、と、常にその事が頭に浮かんでいたのです。
このままでは「あいつは面白い庭を作るけど、仕事は遅いし、仕事以外はだらしなくて、奇行だらけの変な人だったよねえ」と言われかねない。それではまずいのです。まずいか?・・・まずいのです。孫たちにそんな評価を残すわけにはいきませんからね。
では、反省猿、ということで、今日から以前のペースでブログをアップし、庭にまつわるあれこれとガーデンデザイナーの日常を綴っていくことといたします。
ではでは、最終日の本題に入ります。
新築の更地に庭空間を出現させることが今回の主題でした。その空間にどのような意味と意義を与えるのかをあれこれと(映画の予告編のように)イメージし、いくつか出てきたシーンの舞台を、広めの庭を間取りつつはめ込んでゆくという、いつもの流れで2プランをスラスラと描く事ができました。それを叩き台としてご夫婦にご覧いただき、検討を重ねてもらって出来上がったのがこの庭。
そのプロセスは、ぼくにとっては快感を伴うほどのお楽しみなれど、結構入念に、ねちっこく時間をかける数度の打ち合わせに、辛抱強く、前向きな気持ちでお付き合いくださったご夫婦のおかげで出現した庭でもあります。感謝感謝。ぼくだけで仕上げたら少々マニアックに過ぎる庭になりますから、そこに自然体で暮らすお客様の感覚が加味され修正されることによって、ナチュラルな風が吹くような、暮らしに馴染む庭空間が出来上がるのです。
あらためて、これが仕事なので、くどいようですけど、もう一度繰り返させてください。
庭は植物を植えるための場所ではなく、雑草取りを楽にしてホッとするだけの余剰地でもない。日々自然と呼応しながら、住人が健やかに暮らすための生活空間なのです。
自分としては当たり前のど真ん中であるこの庭観は、何年経っても、だからきっとこれから先も、世に広まることなくマイノリティーのままなのでしょう、と予想します。今回のように、お客様から賛同していただけたら勇気百倍。また元気で、次の庭へのパワーとイマジネーションを得ることができました。
しつこい性格なので繰り返します。庭は植物のための場所ではなく、人のための場所であり、そこに暮らしに役立つ意味と意義を備えて生活空間に仕立て上げない限り、価値を持たないどころかお荷物になってしまう。
これを言い続け表現し続けるのが、ぼくの残り時間の使い方なんだろうなあ。他に思いつかないもんなあ、意味と意義がある自分の仕上げ方。
完成後、時々ご来店くださっては「バラがすごいですよ、見にきてください」などと声をかけてくださる奥様に感謝感謝。出会いという奇跡的な事象の素晴らしさを噛み締め、シンクロニシティーが途切れない我が運命にも(神様かな?守護霊かも?シナリオライターに)感謝感謝。プランニングから施工、完成後と、感謝だらけの庭でした。
反省しきり。忙しさなどというものは何を優先事項にするかだけのことなので、この古くなったポンコツOSの思考回路を修正し、バグを掃除しバージョンアップさせなければ。
その都度都度、ただ目の前にやってくる課題に飛びかかって夢中になるというのは、ぼくの良き特性でありながらも、はてさて、全体の流れを意識ぜずに浅瀬でぴちゃぴちゃ水遊びしているようものなのです。もう子どもじゃないんだから、社会性というか、企業人たちが身につけている仕事の流儀を学ばねば、と、常にその事が頭に浮かんでいたのです。
このままでは「あいつは面白い庭を作るけど、仕事は遅いし、仕事以外はだらしなくて、奇行だらけの変な人だったよねえ」と言われかねない。それではまずいのです。まずいか?・・・まずいのです。孫たちにそんな評価を残すわけにはいきませんからね。
では、反省猿、ということで、今日から以前のペースでブログをアップし、庭にまつわるあれこれとガーデンデザイナーの日常を綴っていくことといたします。
ではでは、最終日の本題に入ります。
新築の更地に庭空間を出現させることが今回の主題でした。その空間にどのような意味と意義を与えるのかをあれこれと(映画の予告編のように)イメージし、いくつか出てきたシーンの舞台を、広めの庭を間取りつつはめ込んでゆくという、いつもの流れで2プランをスラスラと描く事ができました。それを叩き台としてご夫婦にご覧いただき、検討を重ねてもらって出来上がったのがこの庭。
そのプロセスは、ぼくにとっては快感を伴うほどのお楽しみなれど、結構入念に、ねちっこく時間をかける数度の打ち合わせに、辛抱強く、前向きな気持ちでお付き合いくださったご夫婦のおかげで出現した庭でもあります。感謝感謝。ぼくだけで仕上げたら少々マニアックに過ぎる庭になりますから、そこに自然体で暮らすお客様の感覚が加味され修正されることによって、ナチュラルな風が吹くような、暮らしに馴染む庭空間が出来上がるのです。
あらためて、これが仕事なので、くどいようですけど、もう一度繰り返させてください。
庭は植物を植えるための場所ではなく、雑草取りを楽にしてホッとするだけの余剰地でもない。日々自然と呼応しながら、住人が健やかに暮らすための生活空間なのです。
自分としては当たり前のど真ん中であるこの庭観は、何年経っても、だからきっとこれから先も、世に広まることなくマイノリティーのままなのでしょう、と予想します。今回のように、お客様から賛同していただけたら勇気百倍。また元気で、次の庭へのパワーとイマジネーションを得ることができました。
しつこい性格なので繰り返します。庭は植物のための場所ではなく、人のための場所であり、そこに暮らしに役立つ意味と意義を備えて生活空間に仕立て上げない限り、価値を持たないどころかお荷物になってしまう。
これを言い続け表現し続けるのが、ぼくの残り時間の使い方なんだろうなあ。他に思いつかないもんなあ、意味と意義がある自分の仕上げ方。
完成後、時々ご来店くださっては「バラがすごいですよ、見にきてください」などと声をかけてくださる奥様に感謝感謝。出会いという奇跡的な事象の素晴らしさを噛み締め、シンクロニシティーが途切れない我が運命にも(神様かな?守護霊かも?シナリオライターに)感謝感謝。プランニングから施工、完成後と、感謝だらけの庭でした。



















































































































































































































































































































































































































































