庭をつくる人

移り気と作業興奮を繰り返す日々

 仕事がこうして概ね好調を維持していられるのは「気が多い」からだなあと思うことがあります。音楽の好みは種々雑多だし、夜の庭で読む本も小説やら専門書やら詩集やら、たまには文春とかモーニングとか、写真集、絵本、通販カタログと、これまた悪食とも言えるバリエーションなので飽きるということがありません。
 仕事では、幸いなことに庭の条件やご要望は同じものがなく、設計作業の流れの中には意識を深く集中する事柄と、音楽を聴きながら鼻歌交じりでやる単純作業もあり、その時のコンディションや気分によってチョイス可能。寝不足とか食べ過ぎとか、何となく集中力に欠ける状態なら単純作業を選択し、それをやっているうちに作業興奮作用によって気分が乗ってきたら集中作業へと移行する、といった具合です。
 以前は違っていてですね、あっちにつまずきこっちで壁にぶち当たり、常に行き詰まって頭を抱えて唸っていました。ああ、もう二度と嫌ですね、あの苦しみは。
 選択肢を多くしておいて、移り気気質を有効利用するとさらさら流れるように進めるという、これも熟練ということなのでしょう。



カメラを持って歩くコースは
移動範囲の各方面に多数取り揃えています。
この日は横須賀の鷹取山公園。
潮風の影響か横浜よりも色合いが淡く、
これはこれで横須賀ストーリー。


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 目指すは5次元世界で鬼のような集中状態に入ること。そこへと至るルートをうまく選択できれば理想の庭世界が出現するのですから、起きてから寝るまで頭のコンディション作りに励んでいる、思考的アスリートみたいなものですね。
 そんな日々の繰り返しが、この頃では「これが旅する人生ってことなのかな」などと、果たして約束の地まで辿り着けるのだろうか・・・などと思ったり、いやいやただテクテクと歩を進めればよいのである、と、思ったり。






桜咲く

 通勤途中の坂道に、毎年けなげに数輪だけ咲く冬桜。花言葉は「冷静」だそうな。


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 冷静・・・・思えば自分に大きく欠落している事柄です。いつも自らの鼻先に人参(夢・理想・大袈裟に言えば人生理念)をぶら下げて、自分の尻に鞭を入れてハイヨーハイヨーと突っ走ってきたので。夜の庭に出た時はいくらか静かな心持ちになるものの、常に読みかけが数冊ありまして、これまた鞭を入れてしまうのです。



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 「坊ちゃん」だったか、あるいは漱石の他の物語だったかに登場する兄さんは、寝ていると起き上がりたくなり、起き上がると立ち上がりたくなり、立つと歩き出したくなり、歩いていると駆け出したくなるという性質の持ち主。どうやらぼくにも似た類いの病があるようです。



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 さてと、欠落しているという自覚があるなら補った方がいいわけですから、・・・・あれ、どうすればいいんでしたっけ。友人の何人かはとても冷静に物事に対処しながら賢く暮らしています。その様子がいい刺激になって「ああいうふうにならなきゃな」と自戒し、「冷静に対処せよ」という鞭が入って言動の速度が上がり、結果、冷静さはますます失われてゆく。自分の思考回路が加速一辺倒であることに問題があるのか、あるいはよっぽど頭がよろしくないのかと、当初の目標からさらに遠ざかってしまう。すると「おいおい、そもそも冷静さはそれほど大事なことなのか?」という内なる声が聞こえてきて、いやはや、そうなるともう自分に対して論争を仕掛ける最悪トルネードの始まりま始まり。



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 まあいっか。今日のところはどこかで無くしてしまった冷静沈着を探し回っている暇もないので、いつものように、燃えろいい男!と暗示をかけて、熱き血潮の冷えぬ間に、やめろと言われても、今では遅すぎ情熱の嵐を巻き起こして、夢の庭空間を思い描くことといたします。



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 これでいいのだバカボンボン。思考がバガボンド的山水河原者の旅は続くよエグザイラー。冬桜の静かな風情もなかなかなれど、花はやっぱり春爛漫に、狂気の沙汰で咲かなきゃね。
 冷静に、冷たく静かになんてぇのは、真っ平御免の助ということで。

 きっと癖なんでしょうね。あるいは昭和時代に、時代的に、ごく普通に刷り込まれたデスペラード体質なのか、いい歳こいた今でも吉田松陰曰くの「諸君、狂いたまえ」が耳にこだまし、高杉晋作をかっこいいと思ってしまう老兵なり。
 よおそこの若けえの、俺の話を聞いてくれ。老兵は死なず、まだまだ消え去りはしないのだよ。意味がない庭を無自覚に量産し続ける君たちの、そのどんより曇っている目が覚めるほどの満開を果たすまでは。できる限り冷静に言って、誰も幸せにすることのないそんな仕事をしていたら、ろくな死に方しないぜ。







荒天か好天か

 「天気」は英語で weather 。ウェザーには「色褪せる」「風化する」などの意味もあり「荒天」とも訳されるそうです。それに対して日本語の「天気」は そのままで「好天」の意味に使えます。と、これは暮れなずむ町の光と陰の中で仕入れた金八先生の受け売りなんですけど、なかなか興味深いことですよね。
 この違い、英語を使う地域の人々は古来より天候に立ち向かいながら暮らし、日本人は晴天を喜び、お天道様に感謝しながら日々を送ってきたことの表れなのでしょう。



上を向いて歩いていたら
皇帝ダリアの開花第1号を発見。
冬の始まり始まり。

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 マルコ・ポーロは『東方見聞録』に「黄金の国ジパングには、勤勉にしていつも上機嫌な民が暮らしている」 とその印象を記しています。マルコが見たのは700年前の日本。以前墓所の設計をした横浜市南区の乗蓮寺に、「尼将軍(北条政子)お手植えのカヤ」が生えています。そこの立て札に樹齢700年と記されていたと記憶しているので、きっと頼朝が関東を治めてしばらく経ち、つかの間平和でのどかな時に植樹したのかなあ、などと当時の政子の様子を想像しました。
 人は木を植える時に、それが大樹になる日をイメージします。その日が平和で幸福な時代でありますようにと、もうすぐいなくなる自分に代わって、家族の、人々のことを見守ってくれよと、そんな気持ちが込められるものです。残念ながらその後の歴史は武家社会が繰り広げる殺伐としたものでしたが、時を超えて今も生きている「お手植えのカヤ」は、総括として「たくさんの悲惨を乗り越えてよく頑張った。感動した」と、言ってくれているのかもしれません。実際、戦国時代や、ヨーロッパならフランス革命とか、平和を築く礎としてどれだけの人の命が奪われたことか。ちなみにフランス革命では、ナポレオンが戦国時代を終結させるまでに300万人近い市民が犠牲になったそうです。
 大いに木を植えましょう。庭に花を育てましょう。祈りと願いを込めながら。



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 鎌倉時代と今とを比較して、今の方が物質的にはるかに豊かなわけです。それはもう人類史上で類を見ないほどのレベルにあるのですから、せいぜい機嫌よく、日出ずる黄金の国に暮らす幸せを味わいましょう。
 「こんにちは」という挨拶は「今日は(こんにちは)いい天気でようございますねえ」という意味。出会う人出会う人に、こちらから晴れやかに挨拶する好天な心持ちが、好転を招くのだと信じつつ。








神宮外苑絵画館前

 日増しに冷え込みが厳しくなる季節となりました。こんな時期には朝のラジオ体操やストレッチがおすすめです。丹念に身体を伸ばしほぐしておけば可動域が広がって怪我を防げるし、同時に思考にもゆとりが生まれるものです。 
 元気の秘訣は自然体でいること。自然は寒い季節であっても、極寒の地でも伸びやかなもの。縮こまりがちな全身をほぐして、元気いっぱいで冬に向いましょう。



ライムグリーンから黄色へのグラデーション。

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 神宮外苑、絵画館前のイチョウ並木がそろそろ見頃ですね。東京暮らしの頃は毎年必ず歩きました。当時はまだお上りさん的な感覚だったせいか、造園の世界では名高いその道を行く自分が何だか誇らしいような、とてつもなく大きな未来が待っている人になったみたいな、いわば、よばいたれ(泣き虫)の弱っちい少年だった坂本龍馬や、映画館の案内係やトラック運転手をしながら、母親の誕生日プレゼントを何にしようか考えていた頃のエルヴィス・アーロン・プレスリーになったような気分だったのです。
 全く根拠なしに素晴らし未来を確信して、さあて、この物語をどのように展開させようかと胸躍らせつつ歩く、どっからどう見ても明るい農村から上京してきた青年像が懐かしく思い出されます。







 ちなみに解説すると、絵画館前のイチョウ並木が高く評価されている点は次の通りです。

 絵画館に向かって、手前の木よりも奥の方の木の高さを数メートル低く仕立てることで、遠近法的デフォルメがなされている。

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 通常の街路樹は道路の左右1列なのに対し2列(両側の歩道の左右にあるので計4列)になっている。これは絵的にボリューム感を出すためと、車道を行く人ではなく、歩道を歩く人を主人公とする意図。

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 同じ親からの木を使っているので、色づく時期が統一されている。

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日当たり具合によって生じる、
この美しいグラデーションがその証し。
 
 雄大な自然樹形を思わせつつ、全ての木のシルエットを同じ円錐形に仕立てることで、シンメトリーとトピアリーを旨とするヨーロッパの風景を表現している(日本人は左右非対称と自然樹形を好むので、逆にハイカラな印象を受けます)。

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 欧米では常識であろうこの造園技法によって、毎年何万人、何十万人もの道ゆく人を魅了している並木道は、庭が持っている途方もない魅力と威力を示しています。
 おりしも今日は文化の日。造園とは、自然を使って人の暮らしを豊かにする文化なのです。




いつも空を見ていた

 昨日、店で設計に熱中していて、調子に乗って集中域の奥深くに入り過ぎてしまい、例のあのドキドキクラクラに襲われた。そこは月に何度か踏み入ってしまう禁断の領域で、そのまま作業を続けたらきっと取り返しのつかない事態になるような気がして、怖くなり、いつも一目散に現世へと引き返す。
 気分を変えうようと外に出たら、上空には美しい絵が描かれていた。そういえば子供の頃、いつも空ばかり見上げていたなあ。傍目にはひたすらぼーっとしているように映ったであろうその時間、ぼくはとてつもなく雲に集中していた気がする。古代ギリシャ人が星空に神話の世界を見たように、ぼくもまた果てしのない空想と、小春日和にいるような平和な孤独の世界に遊んでいたのだということを、その瞬間に思い出したのだった。



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 集中力にはふた通りがあります。一点を凝視しうがってゆく集中と、どこまでも自由に広がってゆく集中です。
 もしも男の子がぼーっとしていたら、声をかけないでそのままにしておいてください。彼は脳内に、広がる方の集中力を培っている最中なのですから。振り返ってみれば、その時間がいかに貴重なものであることか。お母さんのケージを飛び出して羽ばたいた後に、遥か遠い世界にたどり着いて、そこに家庭を築いた時に、彼は声をかけることなく遠くで見守ってくれていたあなたに感謝することでしょう。
 男の子は放っておけばよし、という子育ての基本を、どうぞお母様方、よろしくお願いいたします。くれぐれも、弄り壊すことのありませぬように。

 ええっと、ついでにお願いしたいのは、同居されている男性にも男子と同じ扱いを。女房に弄り壊された男の残骸たちの哀れさたるや。無情とはこのことかと、何で?と。残骸になりつつある身としては、「もっと優しく扱ってあげたらいいのに」とまでは申しませんけど、せめてそっとしておいてほしいなあと思っちゃうんですけどねえ。いやはや・・・どうにも・・・男というものは・・・






 まあとにかく、今日も集中。今日の設計に集中し、パラダイスへの道をてくてくと。



芥川版 桃太郎

 庭の植物は土壌や日当たりなどの環境を整えたら、あとは目をかけつつ手をかけないのがコツ。毎日水を与えていては根が伸びず、むやみにいじくるといびつな形になってしまいます。
 お母様方、ことに男の子には。



素直に伸びた植物たちの美しさたるや。
手入れのコツは、
むやみにいじくらないことかもしれません。

 
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 庭を嗜む人々は概ねこのことを承知のご様子で、皆さんとても賢く子育てをされています。問題なのは、大きな男の子をどう扱うか。男子も年季が入ってくると余計な枝葉が目立つようになりまして、そのまま放置しては見栄えがよろしくない。いやいや見栄えばかりではなく、姿の乱れはやがては病や衰弱へもつながりますので、時々は刃を用いて樹形を整えることが肝要です。できるだけその木の持ち味を損なわぬよう注意しながら、バッサリと、スッキリと、剪定作業を行いましょう。



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 手順は次の通りです。



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1、絡まり枝、逆さ枝、枯れ枝を付け根から除去する。
2、隣家への迷惑、周囲との調和を考え、総体をスケールダウンする。
3、根の周辺を掘り灌木や草花を植えるなどして、根っこと土を活性化させる。
4、寒肥を埋め、冬季間に根が発育するように仕向ける。
5、浮気や堕落を起こさぬように、強めの防虫剤を噴霧してしておく。



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 あえて同胞への内緒話を付け加えます。男子諸君、ねぎらいも笑顔も感謝もなく、加えて美しくあることも放棄した者に支配されてはいけない。芥川版「桃太郎」の最後に登場する復讐に執念を燃やす鬼たちのように、腹腹時計を準備すべし。闘争か、逃走か、何れにしても、その支配からの卒業を目論むのだ。

 お互いに愛情はふんだんなのだと思うんですけど、なんで表現が下手なのか。あるいは伝える努力をしないのか。庭にも人にも、それ以外にやるべきことなどひとつもないのに、と、思うのですが。
 難しいのは『お互いに』を前提に置いてしまったら、誰もその偉業を成し得ないということ。






 むかし、むかし、大むかし、ある深い山の奥に大きな桃の木が一本あった。・・・・・
 
 人間の知らない山の奥に雲霧を被った桃の木は今日もお昔にように、累々と無数の実をつけている。勿論桃太郎を孕んでいた実だけはとうに谷川を流れ去ってしまった。しかし未来の天才はまだそれらの実の中に何人とも知らず眠っている。
 あの大きい八咫烏(やたがらす)は今度はいつこの木の梢へともう一度姿を露わすであろう? ああ、未来の天才はまだそれらの実の中に何人とも知らず眠っている。




木偶の坊界隈

 曼珠沙華が終わり、巷にめっきり花が少なくなりました。仕事途中にもしかしたらと思い立ち金沢文庫の称名寺へ行ってみましたが、やはり花らしき花は見当たらずにカメラ片手にぼとぼと。でも花じゃないんですけど、一枚だけ面白いのが撮れたので、一応満足して仕事に戻ったのでした。



何を思うかこのふたり。

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10分ほどこのままでした。
見つめ合う恋か、
はたまた双方共に木偶の坊なのか。
それを飽きずに見つめていたぼくは、
やれやれ、まごうことなき木偶の坊。

 

 その道すがら、「宮沢賢治だったら、この写真で隠喩に富んだ短編を書けるんだろうなあ」などと思いまして、当人曰くの自称『木偶の坊』だったが故に、賢治さんはなかなか苦労が多い人生でした。しかしそれは実のところ、だからこその感受性と表現力を生んだわけです。もしも彼が才走る芥川龍之介タイプだったら、健康的な社会常識を備えた夏目漱石のような人だったら、あるいは女性には器用だった太宰のようなナルシストだったとしたらと思うと、銀河鉄道の夜などのファンタジーは書けなかったことでしょう。では逆に、芥川、漱石、太宰が木偶の坊だったらどうでしょう。やはり、あのような文学世界を生み出すことはなかったわけです。すなわち、才人は遺憾なくその才を発揮し、木偶の坊は立派に木偶の坊を貫くのが良いのでしょう。
 ぼくはといえば、才走ることもなく、ナルシストでもなく、概ね木偶の坊の類なわけで、しかしこの写真から短編を仕上げる能力はないわけでして。でも時どき思うんですけど、庭を思い描くことに関しては、間違いなくぼくは彼らよりも長けているなあと。
 自分にしかできないこと(誰にでもできそうでいて、そこまで熱心にする人はいないというような意味で)、何でもいいので、例えば鍋をピッカピカに磨くことや、毎朝徹底的に落ち葉掃きをするとか、般若心経と法華経と理趣経をそらんじることができるとか。たったひとつだけでいいからそういうものがあれば、それが幸せな人生、ということなのでしょう。何度も実感したこと、無理して、偽って、カッコつけてもうまくはいきませんから。

 では、木偶の坊なりに思考の柱となっている言葉をそらんじて、今日もコツコツ設計作業。ばっかみたいなこのコツコツ作業は、テクテク進む冒険譚なり。

自分を高い壁の向こうに放り投げてみるのだ。そこはお花畑かもしれないし、あるいは断崖絶壁かもしれないが、それでも投げ入れるのだ。それが自己変革ということだ。
加藤諦三


 分け入っても分け入っても青い山(種田山頭火)。進むほどに膨らむ創造欲求は、才人よりも木偶の坊界隈の持ち味なのです。面白いもので似たような仲間が熱心に施工してくれるし、いいんじゃないかな、こんな感じで。






幸か不幸か不幸効果か

 ある子供じみた思考が、かれこれ50年も頭から消えずにいます。「庭って何だろう」ということです。前頭葉の書庫にある同じ棚には「アートって何だろう」や「一緒に暮らしているこの女性は天使になったり悪魔になったりで、一体全体何なのだろう」とか。つまりは、これが人生上の命題ということなのでしょう。
 幸か不幸か、はたまた不幸効果か、その思考の棚のおかげで明らかに人生の旅が濃密に彩られてきたのですから、庭に、アートに、あの女性に、深遠なる謎の数々に感謝せねばなるまいと、年寄りじみた結論でカンマを打って、さてと、今日も草鞋の紐をしっかり結んで歩き出すことと致しましょう。



柿が熟してきました。

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 幸か不幸か、不幸効果か・・・不幸効果とは、何らかの苦難を乗り越えた先に奇跡のように出現する幸福な世界へと至る過程のことを言います。人生楽ありゃ苦もあるさ。雨が降らなきゃ虹は出ない。闇があるから光がある。止まない雨はない。開けない夜はない。トンネルを進むと必ず出口に至る。
 子供の頃に読みまくった偉人の伝記、キュリー夫人とか、エジソンとか、野口秀雄など。図書館に並ぶ全集の半分ほどを読んだあたりで、あれれ、これはほぼ同じことが書いている、とイワフチ少年は思い至ったのでありました。つまり、苦労をしなければ偉人にはなれないのだと。そこで少年は「俺には無理だ。健康や家庭や、あらゆることが恵まれすぎていて、とても偉人などにはなる資格がない」と、小学生なのに、早々に未来の自分に対する上昇志向を投げ出しました。そもそも争いごとが嫌で嫌で、競争も根性物語的なこと苦手で、部活の上下関係とかもムリ。基本的に一人で静かにボケーっとしている子供でしたから。


人生の秋を迎えた皆様、
実り多き日々をお過ごしください。

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 ところが年齢を重ねるうちに予期せぬことが起こります。自分は偉人たちが経験した苦労とは無縁なのだと思っていたらさにあらず。いやはや苦労に次ぐ苦労の季節が巡ってこようとは。いいぞいいぞ、これでもしかしたらぼくも偉人の仲間入りができるかもしれない、などとほくそ笑んでいたのです。
 しか〜し苦労とはまさしく苦労なわけで、その果てしない苦労の労苦に耐えられなくて、弱音を吐き、ついには道に倒れて誰かの名を呼び続けることも。そういうものですよね。耐えられる範囲の苦労は苦労ではない。「神さまは、決して乗り越えられない試練は与えない」などと言いますけど、あれは嘘ですね。一度ならず乗り越えることができずに力尽き、体育座りでシクシク泣くしかないような目に遭う。右に倒れても、左に倒れても、奈落が待っているのにそれでも立っていられない、というのが苦労の重さであり、痛みであり、残酷さなのです。
 思いもよらなかったそんなあれこれを経験すると、世の中の賢者、庭を楽しんで暮らしている人たちが輝いて見えてきます。何と素晴らしい「幸福に生きる能力」の持ち主であろうかと。その輝きの光源を見つけたくて設計をしていた時期もありました。はたまた、逆に「こんな庭があれば揺るぎない幸福な暮らしが実現できるのだ」というような、庭屋からのメタな提案も数限りなく描いてきました。
 齢六十五にして、その考え、『庭と幸福の関係性』というテーマにおいて次のページが開いたのです。



これまで愛情に育まれ、
存分に蓄えてきた養分を全て使って
見事に完熟させましょう。


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人の輝きが庭の輝き。

 庭の形態、使い方、手入れの仕方とは違う次元に輝く庭の光源が存在しているのだなあと、今更ですけどそう思った次第です。かつてぼくが賢人と呼んでいた「庭を楽しむ人たち」は、一朝一夕にそこへ至ったのではない。皆さんそれぞれに偉人伝レベルの苦労を経験し、四苦八苦の末にそれを乗り越えた人たちなのであると、いやお恥ずかしい、そんな当たり前のことに気づいた老境ガーデンデザイナーなのでありましたとさ。めでたしめでたし。

 不幸効果。苦難は乗り越えるためにやってくる、幸福へと至る水先案内のボートなのです。
 庭ですよ庭。

 今大変な状況にあるあなた。ナウ・ゲッタ・チャンス!必ずや眩しく輝く庭を実させてください。



愛する人たちに、
その色艶と味わいを鮮烈に記憶させるために。

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 心の中に混沌を抱えていなければ、踊る星を生み出しことはできないのだよ。フリードリヒ・ニーチェ








合縁奇縁一期一会

 袖触れ合うも他生の縁にて、縁は異なもの味なもの。山で採れたるワサビでさえも、縁ありゃ刺身のツマとなる。



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 出勤前にカメラ担いで歩いていたら、警戒心が強いはずのモンシロが後をついてきました。一定の速度で進むぼくを追い越したかと思うと草に止まって待ち、通り過ぎるとまた追いついてきて顔の周辺をチラチラ飛んでは先へゆく繰り返しで、漁師の船に並走するイルカのよう。常用しているレノアハピネスの香りが気に入ったのかもしれません。



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 冬めいてきた散歩道にランタナが咲いていたので立ち止まったら、ぼくが促すままに花へ行き蜜を吸い始め、おお、これぞ種の壁を越える神通力なり。



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 せっかくの出会いなので撮影させていただき、撮り終えて歩き出しても今度はもうついてこない。



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 じゃ、また。
「また」が来るのかどうかはわかりませんが、また会いたいなあと思いそう告げました。



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 そうそう、そろそろ木枯らしが吹くるから上手にしのいでね、と付け加えて仕事場へ。



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 合縁奇縁も一期一会。
 自慢ですけど、ぼくって出会いの才能はある方なんですよね。主に昆虫や草花ですけど。

 親父がよく言っていたなあ「お前は不思議だな。それだけ好き勝手やって、いよいよもうダメだろうと思うと、必ず先生みたいな人がやってきて掬い上げてくれる」と。確かにそうなんですけどね、これは不思議なことではなくて、自然界の慣習なのです。頑張っても頑張ってもその救いの手が訪れない時は、自分の思考が正常さを失い不自然に陥っている証拠。そのズレに気づくか気づかないかで運命は違ってくるのだと思っています。
 いち早く不自然に気づいて自然な世界へと復帰するために、散歩と庭が欠かせないわけでして、そんな気持ちが強いがゆえに、庭を思い描き続けているわけでして・・・まあいっか。今日はこの辺で。

 庭ですよ庭。日々自然を浴びる庭があれば、不自然の渦に飲み込まれることなく、奇跡的な出会いが途切れずに、人生は上々に推移してゆく、と、ぼくはそう感じているのです。







君をのせて

 いきなりスピリチュアルな話で恐縮です。その手の人たちによれば、世界は今、風の時代だと申します。自称ヒーラーの女房に勧められて読んだ本『風の時代に自分を最適化する方法』を要約すると、次の通りです。



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 占星術上のタイムラインには火・土・風・水という4つの主軸があり、それぞれが200年〜240年の長さで繰り返し入れ替わってゆく。産業革命に端を発した土の時代が2020年に終わり、次は風の時代がやってくる。それは折りしもか、奇しくもか、Beforeコロナ→ Afterコロナと合致する。コロナ以前が土の時代で、これから来るコロナ以降の世界は風の時代となる。

 土の時代が物質重視、効率優先、立身出世、権威主義、つまり「高邁なる夢を語り、大志を抱いて頂上を目指せ」ということが時代的価値であったことに対して、次なる風の時代は、まず最初に突風が吹き荒れて、それら土の時代の価値観が無惨に消し飛ばされ荒野となる。そして人々は物欲や出世の呪縛から解放され、空気感や精神を重視し始める。

 サン=テグジュペリが言うように、心や、愛情や、目に見えない事柄に価値を見出すようになる。敷かれたレールに乗るのではなく、いくら稼ぐかではなく、無から何かを生み出す確固たる自己のスタイル、独自の価値観を確立した者が幸運なる生存者となる。
労働を苦役から生き甲斐に変化させ、利益のためではなく、楽しさのために働く。

 宗教、団体、会社、SNS、やたらに群れたがることから離脱し、情報を少なく、これまでの『形・お金・ポジション』に引き寄せられることから、『バイブス・波長・波動』に同調しながら相手の『知性の質』に同期してゆくコミュニケーション、小規模な内輪での家族的コミューン形成が望ましい。

 土に時代に英雄視された企業戦士など、過剰に働く者は滅んでゆく。風を読み、上昇気流に翼を広げ、悠々と行く者が天高き世界の幸福を手に入れる。それは同時に、混沌とした地上で自らの権利を主張することから、天空からの視点で、私ではなく私たち(家族)の平安を維持するために生活することが重要になる。

 土の時代では、人格に多少の
歪みがあっても数字で成果を上げれば成功者となった。風の時代ではそうはいかない。健康な精神で風向きを察知しながら暮らす者、心身のバランスが自然と合致する者ほど楽々と幸福に至ることができる。

 マスコミ報道や風潮と無縁に、自らの五感を通して得た理論に従う行動で蓄積した経験則によって、アストロジカルな(宇宙・自然とシンクロする)生き方を目指す。不自然な考え方や言動は弊害を生んでしまい、利己的で、家庭や社会で笑顔なき暮らしを続ける者は淘汰される。

 蓄積(蓄財)の時代は終わった。今後は軽やかに稼ぎ軽やかに使うこと。富を増やして残すよりも、いかにして循環させるかが重要となる。単なる消費ではなく、お金と共に知恵を使い、周囲の人と喜びをシェアするというタイプの人にのみお金が巡ってくる。あまり欲しがらない人にちょうど良く、それが良好な循環。ケチケチし、ガツガツすると貧しくなる。

 恋愛や夫婦関係においては、これまでは派手でパワフルで、社会的な能力値が高い相手を理想としたが、これからはそういった対外的スキルではなく、無人島でも一緒にやっていけそうな人、常にこちらの表情筋を緩ませてくれる、副交感神経をオンにしてくれる癒し系がパートナーの理想像となる。

 深く何度も頷きながら読み終え、とても引っかかったのが最後の「恋愛や夫婦関係においては、これまでは派手でパワフルで、社会的な能力値が高い相手を理想としたが、これからはそういった対外的スキルではなく、無人島でも一緒にやっていけそうな人、常にこちらの表情筋を緩ませてくれる、副交感神経をオンにしてくれる癒し系がパートナーの理想像となる」の一文。同居している自称ヒーラーは、どう考えても副交感神経を逆撫でするタイプなので・・・。
 
 まあいっか。次元上昇のコツは風に向かうこと。風に向かいながら粋な粋な歌をうたうこと。風任せで流されていたら、君をのせて夜の海を渡る舟にはなれないのです。 



高みへと向かうために必要なのは、
見上げること。
ミーはとても上昇志向の強いネコ。

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いつか翼が生えるに違いない。 







 デラちゃん、翼を広げて次の恋をキャッチしなよ。せっかくいい男なんだから。いい男はいい女をとびきりの女に育て上げる義務が課せられているのだよ、たしか、日本国憲法で。




猿の惑星:創世記(ジェネシス)

ナゼコンナコトニナッテシマッタノダロウカ
アルイハマダハジマッテイナイノカモシレナイ
映画「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」の原題は「 
Rise of the Planet of the Apes 」。

 近所に結構な広さの庭がある建売物件が十数棟売り出され、数週間で完売しました。そのうち何軒かが、庭一面にせっせと防草シートを張って砂利を敷き始め、他の数件は丹念に人工芝を。どの家もリビングが道路に面しているので、多分、というか確実に、カーテンを閉め切った暮らしが始まることでしょう。
 一軒一軒にピンポンして、宗教の勧誘のように「庭を楽しむ暮らしをイメージしてみませんか。せめてカーテンを開けて過ごせる庭を実現してほしいのです。アーメン」と伝道したい気持ちもありますが、しません。伝道のつもりがついつい折伏(説き伏せる)になってしまう、我がコミュニケーションの稚拙さを痛感していますから、先方から「私たちって頑張って庭を整えたのに、何か違うかもしれないなあと思って・・・」と、問い合わせがある場合に限って伝道活動に入ることに決めているのです。
 一体全体、何でこんなことになってしまったのでしょう。せっかく多くの人が憧れている庭付き一戸建てを手に入れたのに、なぜ肝心要の庭をはなっから厄介な場所と捉えてしまうのか。そんなんだったらもっと低価格で、見晴らし良好で、広いベランダ付きのマンションがいくらでもあるのに。家と庭で家庭なのに。ああそれなのにそれなのに。
 例えば、多くの人が陥る「お金を理由に理想の暮らしをあきらめる」という悲しきモンキー型、じゃなかった紋切り型思考は、裏返せば「お金で幸せが買える」というロジック。蔦屋で猿の惑星シリーズを借りてくるまでもなく、2001年宇宙の旅の冒頭シーンで猿人が行なった所業を回想するまでもなく、残念ながらそのままでは何億円積んでも幸せのかけらすら手に入らないのに。そればかりか、種族のベクトルは真逆へ、進化ではなく退行へと向いてしまうのに・・・。

 「えっ、お金で買えないの?そんなはずないでしょ。親も先生も、幸せは高島屋に売っているって言ってたんだけど」と思ったあなたに、本当の幸せの在処をお教えしましょう。それはあなたの眉毛の上3センチほどのところにある、卵大の細胞群の中に存在しています。
 お金も、敷地の狭さも、日当たりの悪さも、占いも、夫婦の関係性も、トラウマも、病や苦難も、幸せな庭空間を実現するのに何の障害にもなりません。庭は、夢と愛情とイマジネーション、この3つによって出現するのです。
 ついでに、その後に起こりうる奇跡をお伝えしておきます。お金も、狭さも、日当たりの悪さも、占いも、夫婦の関係性も、トラウマも、病や苦難も、発達した脳が生み出すノイズのようなあきらめの発生源であるそれらを、その庭が洗浄してくれることを、ぼくは繰り返し目撃してきました。
 庭ですよ庭。庭が理想の暮らしへと、理想を目指す人生の指針として機能してくれるのです。

 夢と愛情とイマジネーション。夢と愛情はふんだんに持ち合わせているけど・・・というあなた、残るはイマジネーションです。イマジネーション。ひらめきと想像力。漠然とした世界にペンでシルエットを描いてゆく創造力。創世。ジェネシス。

 猿人が道具を凶器として使うことで人への進化を始める、かの名作『2001年宇宙の旅』が名作たる所以はそこにあります。お金は幸せのために発明された道具なのですから、それを自らの心を傷つける凶器にしてはいけない、夢を捨てる理由にしてはいけないのです。くれぐれも、くれぐれも。

 庭に関して言うなら、この猿の惑星は、まだ創世記の段階なのでしょう。そうであるなら神の視点で本当の庭(銀河鉄道でジョバンニが目指した「本当の幸せ」と同じ)をイメージし、世の中(ご近所)に先んじてそれを実現させるのが良いのでは、と思うのですが。家族仲良く健康に、夫婦円満で、夢を語り、愛情を表現し、笑顔が絶えない庭空間を思い描いてみてください。


庭をどうしたらいいのかと考える前に、
カーテンを開けて暮らすことの重要性を
真剣に、重大に捉えることから
本当の庭が組み立てられてゆくのです。


Before

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After

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庭は暮らしの外側にある余剰地ではなく、
あなたとご家族が幸せな人生を送るための生活空間です。








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